天使の導き
時間にして10分も経っただろうか。
戦いは最終局面を迎えていた。
均衡したせめぎあい。
両者、まともに話すことすらままならない。
互角だった。
「ひひはへんにひろ〜〜〜!!」
「はんたほほ〜〜〜!!」
両者とも頬が良く伸びる。
唐突に始まった二人の乱闘は、頬の引っ張り合いで膠着している。
『ぷはっ』
お互いの手が離され、勢い余ってしりもちをつく。
「あはは…、あははははは!」
梓の笑い声。
「ふふふ、ふふ…」
千鶴の笑い声。
仰向けに寝転がり、天井を見つめる2つの笑顔。
ただ…。長女の目から雫。
「かえで…」
(!!)
梓が跳ね起きる。
「千鶴姉!?」
楓死亡の放送があったとき、千鶴は暴走しかけた。
その暴走は怒りによるものだった。
梓とあゆでなんとか押さえて。
(怒りを押さえただけだった?)
千鶴の心は弱い。
長女としての責任が彼女の心を支えるもの。
だが楓は死んでしまった。
みんなを守るという責任は果たせなかった。
「あのとき…。なんで一緒にいかなかったの…」
梓に『あのとき』が何時なのかわからない。
ただ、おそらく楓と会った時のことだろうと察しはついた。
千鶴が心に抱いているものが『後悔』だということも。
ガン!
千鶴の顔の横。床を梓が殴る。
「千鶴姉!!」
初めてかもしれない。こんな弱々しい姉の態度。
「わたしはいつだってそう…。肝心のところで判断を間違えるの…」
梓には意味がわからない。
「耕一さんの時はとり返しがついたけど…。今回はとり返しなんてつかないのよ…」
(耕一?)
わからない。
ガン!
梓の剛拳が再び床を叩く。
「なんだかよくわかんないけど! 千鶴姉!!
後悔なんてしてたって何も始まらないんだよ!
これから初音だって探さなくっちゃいけない!
もう楓のことは…、かえでのことは…」
考えないなんてできない。可愛い妹が死んだというのに。
(くそ! くそ!! くそ!!!)
自分だって泣きたい。泣いても何も進まないのはわかっている。それでも。
ただ今の状況で自分まで泣くわけにはいかないと分かっていた。
死神が舞うこの島で、泣き喚いている時間などないのだ。
今こうしている間にも、もう一人の妹。初音も危機と遭遇しているかもしれない。
「うぐぅ…」
「あゆちゃん?」
梓が振り向くとそこには泣きそうな顔のあゆ。
「あ、あゆちゃん。ごめんなさいね。一人にしてて」
千鶴が涙をふき取り、笑顔で言う。
立ちあがった千鶴にあゆが小走りで近寄る。
ぼむっ
そのまま千鶴に抱きついた。
「うぐぅ…。鼻ぶつけた…。
じゃなくって、あのね。ボク思うんだ…」
梓は思った。
(あゆちゃんがいてくれて。本当に良かった…)