命の炎〜そびえたつ洋館〜
私達はただ走った。 
まだ、追ってきている。 
よろよろとしながら佳乃ちゃんをこの手で抱いて。
「どうしてっ!?」 
呆然と見つめる中、森の向こうに一瞬だけ見えた影はたぶん弥生さん。
藤井さん、お姉ちゃんと一緒に行動していた女の人。
「しっかり…してっ!!」 
走りながら、佳乃ちゃんに叫ぶ。 
(う…ん…) 
弱々しく、佳乃ちゃんが答えた。 
だから走る、絶対に二人とも生きるんだからっ!!
佳乃ちゃんを抱く腕がぬるぬると滑る。 
泣きたくなった、どうしてっ!? 
よく状況がつかめなかった、いきなり狙撃されて…佳乃ちゃんが大怪我して。
ただあそこから逃げるように走った。 
また、音が鳴った。私達に、生きることすら許さないような慈悲のない銃声が。
近くの地面が、木が、ビシビシッっと跳ねる。 
(あそこっ……) 
かすれた声で佳乃ちゃんが右手を指差す。 
洋館……? 
森の中、不気味に佇むソレはオカルトの小説の中にだけしか存在しないような不気味なものだった。
私は入り口を蹴破って中に転り込んだ。 
助かるなら…私達が、佳乃ちゃんが助かるならどこだっていい。
躊躇なくそこへと入った。 
ホールから真正面の扉を開けて突き進む。 
食堂だろうか、真ん中に大きなテーブルが置かれてる。
真白いテーブルクロスの上、燭台やマッチが乱雑に転がっている。
そんなものは今はどうでもいい。 
安全な所で休みたい。 
佳乃ちゃんを手当てしないとっ!! 
私達はそこを走り抜けた。 
床に真新しい鮮血が迸り、水たまりをつくった。
急がないと、佳乃ちゃんがっ!! 
ダダダッ!! 
階段を駆け上がって2階へ。 
そのうちの一つのドアを開けて中へと入る。 
生活感のない部屋、何もおかれていないドレッサーと、白いシーツが申し訳程度に引かれているベッドだけが存在する小部屋。
「ここにっ…」 
佳乃ちゃんをそのベッドに寝かせる、みるみるうちにシーツが赤く染まった。
「し、止血しなきゃっ!!」 
センセイの救急箱を乱暴に開いて、中身をあさる。
こんなときどうすればいいのっ!? 
何も浮かばない、何も考えられない。 
包帯…アルコール、ピンセット…メス……何をすればいいの…?
(待って……) 
佳乃ちゃんがゆっくりと箱の中から瓶を取り出す。
「なに……?」 
消毒用アルコール。 
それを開けて、ベッドへとぶちまけた。 
「佳乃ちゃんっ!?一体何を……」 
(お姉ちゃんのバッグ……開いてっ…!!) 
「え…う、うん!!」 
ただ言われるがままにソレを開く。 
「ろ、ロープ!?」 
長いロープ。先端に三叉の鉤爪がくくられた一本のロープ。
(窓から…垂らして…) 
「えっ!?」 
窓を開け放ち、下を見る。 
ぐらっっと景色が揺れる…ような気がした。 
2階の窓なのに地面が遠い。 
切り立った崖に面して、洋館はそびえ立ってたんだ。
(ここから…逃げないと…) 
「だ、だけどっ!!」 
弱々しい佳乃ちゃんの声に振り向く。 
佳乃ちゃんがすぐ背後までやってきていた。 
「だめだよっ、寝てないとっ!!はやく手当てしないと…」
(ほら、血…べっとりついてるから…ここにいることがバレちゃうから……)
見れば、部屋の入り口から、ベッドから、佳乃ちゃんの足元から……血の跡が続いてる。
たぶん、洋館の中、ずっと続いてるかもしれない。
「だったらなおさらっ!」 
(ここから…降りてから…手当てすれば大丈夫だよぉ…)
口調と裏腹に、苦しそうな声。 
「で、でもっ!!」 
(はやくっ…ここにあの人が来ちゃうよ!!) 
佳乃ちゃんが私の手からロープを奪って窓の淵に鉤爪を引っ掛ける。
(はやく…先に降りて……) 
「だったら佳乃ちゃんが先にっ……」 
(ほら…私…怪我してるから…先に降りてくれないと…滑って落ちて死んじゃうかもしれないから…)
カツカツッ!! 
階下で、足音が響く。 
(はやくしなくちゃ…) 
ロープを、まるで取り落としたかのように崖へと放る。
ぎりぎりで、崖下までロープが届いた。 
(先に…はやくしないとふたりとも助からないからっ……)
私の背中を軽く押す。 
「……」 
足音が近づいてくる気がする。 
「分かった…すぐに…来てよっ!!」 
私は意を決して、荷物を外に放り投げると、私自身も窓の外に身を躍らせた。
恐かったし、佳乃ちゃんを助けなきゃいけないっていう気持ちが私を躊躇させたけど…
それでもあそこで言い合ってたら二人とも死んじゃう。
私は急いで下まで降りた。 
風に体が揺れて、手の平が縄ですりむけて…何度も落ちそうになりながらも急いで下まで。
「降りたよっ!!次は佳乃ちゃんがっ!!」 
上を向いた私に見えたのは、ロープを投げ捨てる佳乃ちゃんの姿だった。
「どうしてっ!!どうしてよぉ!!」 
呆然と、私はその光景を見ていた。 
――わたしはもう、助からないから……こんな方法しか思いつかなかったんだ――
佳乃ちゃんの口がそう動いたように見えて。 
「そんなことないっ!!私はっ!!」 
落ちてきたロープを拾って、振り回す。 
「今行くから…だからっ!!」 
遥か上方の窓に向かって縄を放る、 
だけど、途中の崖に当たって、小さな土の欠片と共に落ちてくるだけ。
「すぐ行くからっ!!待っててっ!!」 
もう一回投げる。 
だけど結果は同じ。崖の半分位のところに縄の先端が当たるだけ。
――ごめんね、マナちゃん―― 
最後に、そう口が動いて、佳乃ちゃんは窓の中へと消えた。