舞い降りる白
ばさばさばさ。
ばさばさばさ。
羽音が礼拝堂に響き渡る。
少し早い朝ごはんを食べる、あたしの周りは真っ白だった。
雪のように白い鳩たちが、開いた天窓から次々と舞い降りてくる。
ひょっとしたらこの教会には元々人がいて、毎朝エサでも与えていたのかも
しれないな、と思った。
半ば照らし上げるように、地平線から放射される光はステンドグラスを透して
七色の色彩を投げかける。
場所が場所だけに、神々しいのは当然なのだけれど。
ばさばさばさ。
ばさばさばさ。
気まぐれに、周囲でおこぼれをねだる鳩たちにパンくずを放る。
わっと集まるその姿が、高槻達の追撃を警戒して神経を尖らしていたあたしの
緊張を和らげてくれる。
なんとなく視線を上げると、そのまま視線は釘付けになった。
心の奥底に秘めた悲しみを呼び起こさないように、意識は常に外へ向けていた。
それでも気が付かない存在があることに、あたしは密かに驚いたのだ。
何時からいたのだろう。
まるで空気のように気配なく、静かに。
光を浴びて、亜麻色の三つ編みを垂らした少女が立っていた。
「……鳩、ですか」
その表情からは何も読み取れない。
よく今まで生き残れたな、と思うほど気迫の感じられない少女の、特に意味のない
質問にあたしは何の捻りもなく応える。
「うん、すごいでしょ」
白鳩は尽きることを知らないように、今も次々と降りてくる。
あまりの多さに最初のパンを諦め、全てエサにすることに決めた。
「あんたも、やる?」
パンを大雑把に分割し、半分差し出しながら誘ってみる。
「……いえ。見ているだけで、じゅうぶんです」
ノリの悪い娘だ。
「鳩、嫌い?」
「……いえ。
わたしは、嫌いじゃありません」
じゃあいいじゃない、とパンを投げ渡す。
彼女は拳銃を手にしたまま、器用に受け取る。
ばさばさばさ。
ばさばさばさ。
夢のように礼拝堂は白く染まっていく。
違和感があった。
なぜか彼女の周りに、鳩は寄り付かない。
なんとなく、あたしも気付いていた。
彼女の振り撒く臭いに、鳩は恐れを抱いている。
それは、死の臭いだ。
「……たくさん、殺しましたから」
ぽつり、と彼女が口にする。
なるほど-----嫌いなのは、彼女の方ではなく鳩の方だ。
そういう意味で先ほど「わたしは、嫌いじゃありません」と言ったのだ。
自らの穢れを自覚していなければ、できない発言だった。
ばさばさばさ。
ばさばさばさ。
地面を埋め尽くした鳩たちが椅子まで上がってくる。
「……今も、殺してきました。
少し変なひとですけれど。
とても、とてもやさしい人でした」
あたしに向かって言ってるような、独り言のような。
それとも、神にでも語りかけでもしているような。
「そう」
殺人自体に関しては、特に驚かなかった。
この島で殺人を犯すことを否定したまま生きている人間などいるだろうか。
あたしだって主催者側の人間を殺しているはずだ。
むしろ好意に近い感情を抱く相手を殺すということが、恐ろしかった。
「どうして、殺したの?」
だから、尋ねてみた。
「……生き残るために。
去ってしまった彼を、待ち続けるために。
そのために、殺しました。
……たくさん、殺しました」
抑揚のない彼女の声から、ほんの僅かの苦渋の響きを感じることができる。
「…じゃあ、どうしてあたしを殺さないの?」
聞かないわけには、いかなかった。
ばさばさばさ。
ばさばさばさ。
虚しく羽音が響き渡る。
季節はずれの雪の中、彼女とあたしは戦っている。
氷原の悪寒を背負って、あたしは彼女と戦っている。
人知れぬ悲しみを抱いて、彼女は彼女自身と戦っている。
決着は、まるで見えなかった。
そもそも決着なんてものが、あるのかどうかさえ解らなかった。