異端
「やはり……、若さには、勝てんかったのかのぉ……」
地面に四肢を投げ出して横たわっている源四郎は、しゃがれた声でそんなことを呟いた。
「……老人、あなたは本当にあれが全力だったのか?」
――あの瞬間。 
老人の得意としていた”見切り”のお株を奪う寸前の回避によって、
蝉丸は間合いを支配することが出来た。 
一撃必倒の直突きは、見事に老人の胸に入った。
今までで、一番いい突きだった。 
だが――。 
「――力の全てを、出し切れていなかったんじゃないのか?」
どうしても蝉丸には納得がいかなかった。 
あれほど剛健だった老人が、 
この一撃であっけなく崩れ落ちると言うことが現実的に思えなかった。
「……ふん、未練がましいことを言わせてくれるな……青年。
 所詮我らとて人間なのだ……。 
 どのように終わるかなどと、予想は出来ぬ……。
 闘いに”まさか”などと言うことは在りえない。
 よしんばそうであったとしても、 
 あの瞬間でそれが出せぬと言うなら、 
 それは私が不貞だったというだけだ――」 
老人――源四郎――の言葉は重く蝉丸にのしかかった。
「……全盛期の頃のあんたと闘って見たかった」
「……小僧が! 今の貴様の実力では相手にもならんわ……」
「そうか」 
ふっ、と二人は笑みを浮かべた。 
「(・∀・)おじいさん……」 
月代は源四郎に近づくと、いたたまれなさそうな声で言った。
「嬢ちゃん……、わしが恐くないかね……?」 
「(・∀・)全然そんなこと無いよ! 
 蝉丸と喧嘩してるのはちょ、ちょっと恐かったかも知れないけど、
 でもなんかやってるうちにおじいさんも蝉丸も凄い楽しそうな顔になってるんだもん
 あんな顔する人に悪い人はいないしそれに……」
「……それに?」 
「(・∀・)……目が、透き通ってる」 
月代は満面の笑みでそう言った。 
源四郎は、きょとん、とした表情になった。 
だが、少しすると声をあげて笑い出した。 
「ふはは……、そうか。ありがとうな、嬢ちゃん」
月代の瞳に灯った光が、源四郎にはとてもまぶしく感じられた。
そうこの輝きは――。 
「……綾香お嬢様」 
「(・∀・)ん、なんか言った?」 
「……いや、なんでもない」 
小声で、ほんの少しの憂いと懐かしさを源四郎は吐き出した。
「礼を言いたい」 
蝉丸は唐突に言った。 
「なにやら、忘れていたことを思い出させて頂いたような気がする、老人」
「ふっ……、そもそもわしはそれを求めてここに来たのだがな」
「……?」 
蝉丸は不可解そうな顔をした。 
源四郎は笑うだけだった。 
「――いけませんなぁ、そんなことでは」 
ダァンッ! 
ダァンッ!! 
銃声が、二発。 
……一つは蝉丸の肩、そしてもう一つは月代の眉間を。
「なん……だ……と?」 
森の奥から発砲した男が姿を現す。 
――長瀬源三郎。 
「”長瀬”の名の下に、一片の土もつけることはならない。
 そのことについては、例えどんな例外であっても認めるわけにはいきませんなぁ」
白い硝煙を漂わせる拳銃は、彼が長年慣れ親しんできた愛銃だった。
「そう、例えあなたであってもそれは変わらない。
 本来なら粛清ものですが……、同じ粛清するのなら、
 その事実そのものを消してしまえばいい」 
「貴様ッッ!!」 
蝉丸は呪いを込めた視線でそのアナーキーな狙撃手を睨んだ。
月代はうつ伏せに倒れたまま……もう、動きは無い。
「まだ生きてたんですかぁ? うざったいですねぇ」
ダァンッ! 
「がっ……!」 
だるそうな口調であった。 
が、それと裏腹に彼の手は速い、冷酷なほどに。
すかさず放たれた銃弾は、蝉丸の顔を目掛けられていた。
だが、必殺であったその軌道を、本能的に蝉丸は避けることが出来た。
――もっとも、その銃弾はかれの僧帽筋の辺りを貫いてはいたが。
「……まだ生きていらっしゃいますか。 
 私、こう見えて倹約家でしてね。 
 色んな無駄を省くように心がけてるんですよ」
淡々と語りだす源三郎。 
その話はどこか現実離れした口調に思えるが……。
「ま、あれですね。 
 要するに無駄が嫌いなんですよ。 
 だから無駄弾も嫌いなんですねぇ。 
 そちらのお嬢さんのようにあっさり死んでくれれば、
 弾も節約できるしあなたも苦しまずにすむ。 
 ――何より、私が楽です。 
 ほら、いいことずくめじゃないですか?」 
「貴様ァァァァァッッ!」 
「あぁハイハイ、今殺して差し上げますね」 
チャキッと音を立てて、源三郎の拳銃が再び蝉丸のほうを向いた。
――気付いていただろうか? 
倒れていたはずの源四郎が、いつのか間にか彼の視界から消えていることに。
そして、彼の背後に冷徹な風貌の巨躯が立っていることに。
「……そこまでにしてもらおうか」 
凍るような冷たい声が、源三郎の耳を通り抜けた。
「私を、監視していたのか?」 
「……基本的にね、困るんですよ。勝手な行動は」
源三郎は応えた。 
声だけなら、そこに動揺している様子などは見られなかった。
「私が好きでやっていることだ、誰にも文句は出させん」
「で、その始末がこれだ。 
 結局あなたがやったことは私たち”長瀬”にとっては不利益でしかなかった。
 予想外の要員に引き起こされる予想外の出来事など最悪ですよ、
 我々のような立場の人間にとっては」 
「……我々はゲームに極力干渉しないのではなかったのか?」
「自ら破っておられて何をおっしゃるんです? 
 おかげで私がこっちにまわされる羽目になった。
 まあ、それでも汚点を残されるよりはマシですがね」
「人道すら……忘れたか」 
「世迷言は後でゆっくり聞きましょう」 
源三郎は、躊躇無く引き金を引いた。 
だが、それより速く――。 
「ぐがぁっ!?」 
源四郎の拳が、源三郎を樹木に吹き飛ばしていた。
「おのれ、……源之助」 
苦虫を潰すように、苦い顔で源四郎は呟いた。 
だが、彼に感傷に浸る間など無かった。 
ドギュウゥゥゥン!! 
銃弾が、源四郎の右肩を貫く。 
「ぐぅ!?」 
吹っ飛ばされたはずの源三郎が、まるで何事かも無かったように発砲したのだ。
――いや、何事も無かったどころの話ではない。
この俊敏性は、源四郎や蝉丸に連なるほどに高いものに見受けられる。
「源之助殿の意向を知らなかったとは言いますまいな、老!?」
高らかに源三郎は叫んだ。 
「ならばあなたも所詮は異端! 
 この場で私が殺して差し上げましょう!」 
そして、再び発砲する。 
だが、それを見切れない源四郎でもなく――。 
「抜かせ小童が! 
 貴様は勝負を汚してくれた……。 
 その罪の重さ、身を以って知らせてくれるわ!」
弾丸を回避して、源四郎は一気に間合いを詰めるべく駆け出した。
「ちぃっ!」 
残弾は一発、不利を悟った源三郎は、一旦森の奥へと逃亡する。
ほんの少し時間が稼げれば、銃弾などすぐに補充できるからだ。
そして同じように、源四郎も追って森に入っていった。
「く……そっ……」 
そして後には、銃弾を受けて傷ついた蝉丸と月代だけが残された。
今の源四郎に、彼らを省みる余裕は無かった――。