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深遠。


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――血の色で汚れた従兄の服を見て、祐介はごくりと唾を飲み込んだ。
身体の所々に大きな傷も見える。片足の甲が半分無くなっているし、
額の辺りにも、血こそ止まってはいるが、大きな傷痕がある。
まさか、彰もやる気になっているのだろうか? 他の参加者と戦って――
人を、殺して。
「大丈夫、僕はやる気にはなってないよ」
――祐介の不安をうち消すかのように、彰は笑った。
そして、自分の後ろで、少し怯えた眼をしている美汐を見ると、
ははぁ、と、変に納得した風に笑った。

「うん……折角こんな時間な訳だし、海まで朝日でも観に行こう」
そう云うと、砂浜へ向けて歩き出した。
その後ろを追うように、二人は手を取り合って付いていく。
――残光。
未だ怯えた眼をしていた美汐は、だがしかし、その朝日の眩しさに目を奪われた。
どうしようもない、そんな光。
突き刺す痛みに似た、強い刺激。
これ程に爽やかな光。それは、朝の光。
ずっとこの世界を照らし続ける、太陽の残り火。

「で、君たちは二人で何をしてるんだ?」
唐突に彰は呟いた。
はっ、と祐介はその横顔を見た。今までにない、真剣な眼だった。
「殺し合いをしなくちゃならない。一人しか生き残れないわけだ」
二人は残れないんだぜ? 意地悪く笑う。
「――なんとか、脱出したいと思ってる」
「どうやって? ここから脱出出来るような考えがあっさり浮かぶほど、お前は聡明だったか?」
言葉に詰まる。
爆弾は解除された。確かに脱出出来る可能性はあるのだ。
「もう、爆弾はないんだから――逃げようと思えば、泳いでだって逃げられる筈だ」

言うと、彰は鼻で嗤った。
「それが本当だという証拠は? あの放送がブラフだという可能性は」
「それは」
「見通しが甘すぎる。こんなところで、極刑覚悟で、叔父さん達はこんな企画を行ってるんだ。
 それがそんな、参加者逃亡、なんていう中途半端な形で終わらせると思うのか?」
「――それは」
「昔からそうだったよな、真面目そうな顔して、その実何も考えていない」
きっ、と、美汐が睨んでいるのが判る。だが、悔しい事に自分はまるで言い返せなかった。

「――悪かったな、別に虐めるつもりはないんだよ」
急に口調を和らげて、彰は笑った。
「ただ、どうもお前が甘すぎる見通しを持っているようだったからさ。大方、この島の、或いはこの島付近の、
 何処かに潜んでいる筈の叔父さん達を捜しに行こう、とでも考えていたんだろ」
図星だった。
「まあ――僕も似たような事はやってるんだけどね」
苦笑して、彰は言った。
「だけど、会えなかった。――もし会えたとして、一体彼らは何を教えてくれるのだろう?
 そして、目的を教えてくれたとして――お前は、それでどうするんだ?」
――僕は、何をするのだろう? 彼らに会えたとして、僕たちが無事に帰れるという保証はあるのだろうか?
叔父さんを説得する? 自分たちを助けてくれ、って? 説得なんて出来るわけがないじゃないか。
叔父さんが、僕を、ここに放り込んだんだから。
「真実を知りたい、と願うのは判る。けれど、それをする事で、君は」

その娘を護れるのか?

「守りたいん、だろ?」
……天野さんの為に。
そうさ、僕は、そう誓ったんじゃないか。

そう、――叔父を倒す事が、企画者を倒す事が、その誓いを守る事にはならない。
彼女を、最後まで。

「だから」

「今お前に必要なのは、生き残る事。ここから生きて帰る事だけを考えればいい」

祐介は、力強く頷いた。
そう――色々考えていたが、それがすべてだ。
理由を知りたい、なんていうのは僕のエゴだ。
理由なんて知ろうと思えばいつでも知れる。そう、生き残る事さえ出来れば。
「良い眼になった。それでいい」
彰は砂浜に座り込んで、小さく息を吐いた。

「参加者は大幅に減った、そして――高槻が野に放たれた。おそらく、最大の敵は奴らだろう。
 奴らを殺せば、それで、多分。多分、この殺し合いは、終わりさ。やる気になってる人間は、もう少ない」
「けど彰兄ちゃん、逃げるって言っても、僕らの体の中には爆弾があるじゃないか、いざとなったら奴らが爆発させる――」
「心配するな――爆弾はもう作動しない。僕が装置を破壊した」
「え?」
「ともかく、もう決して爆弾は作動しない筈だ。だから、逃げようと思えば、ここから逃げる事は出来る」
泳いでだって、な。彰はまた笑った。
「そろそろ朝日が完全に出るな」
見ると、朧げな光と共に――朝陽は、その全容を現した。

「とは言っても、そう簡単に泳いでいけるほどの距離じゃないし、それに、喩え泳いでいけたとしても、
 管理者は近くにいるのだろうし、それをみすみす許してくれる筈もない」
「それじゃあどうするつもりなの、彰兄ちゃん」
「そうだな――」

「僕が、管理者を殺しに行こう」

「――え?」
「何、簡単な仕事だ、たぶん、」
大切なものを守りきって生き残るよりは、ずっと簡単な仕事だ。
「そんな、無茶な――」

「勿論、僕が高槻を、叔父さん達を殺しきる事なんて出来ないかも知れないし、きっと出来ない可能性の方が大きい」
「それなら」
「それでも、僕はお前に生き残って欲しいと思っている。真相なんて、もう知りたくもなんともない。
 僕は、出来る限り多くの人間に生き残って欲しいんだよ。僕が失敗したらお前が行けばいい。いや、
 お前じゃなくても、誰かが戦えばいい。でも、今は、僕一人で充分だ」

「わざわざ僕がお前に声掛けた理由、判るか?」
ふと、彰はそう訊ねた。
「僕と彰兄ちゃんが、知り合いだったから?」
「それもある。けれど、何よりお前らはすごく良さそうだった」

お前らみたいなカップルが、すごく良さそうに見えたんだ。
そう云う彰の顔は、どうしようもないもので充ち満ちていて。

「きっと、お前なら最後までその娘を守りきれると思ってる」
「――」
「僕には取り敢えず、今は守るべきものが傍にない。だから、お前よりずっと身軽だ」
「そんな」
だが、彰は、少しだけ哀しそうな顔をして、狼狽した祐介を見た。
「――ただ一つ、一つだけお願いがあるんだ。
 柏木初音、っていう、小柄な、長髪の小学生を見かけたら、その子を守ってやって欲しい。
 出来たら、捜してやって欲しい。きっと、一人で震えているだろうから」

「管理者側との戦いは二回目だ。今度も上手くいく可能性は少ないけど。まあ、多分、」
なるようになる、さ。
彰の決心の固さを、自分では多分、どうしようもないのだと、祐介はそう感じていた。
普段気弱だった彰が、どうしても自分がやりたい事をやりたい時、ああいう眼をする事を覚えていたから。

「多分もうすぐ七回目の放送が入るだろう。――六時間後、もし放送が流れなかったならば」
僕は成功したんだと思ってくれ。泳ぐなりして、逃げれば良い。

だが、彰が背中を向けて立ち去ろうとするのを邪魔する人間がいる。
「七瀬、さん」
ずっと黙っていた天野美汐は、真っ直ぐ彰の前に立って、行く手の邪魔をしていた。
「天野さん、だったかな? 何かな?」

「死ぬ気なのかも知れませんが、」

「――あなたも、生き残ってください」
「ありがとう」
「どうしても、守りたい人が、いるんでしょう?」
彰は、少しだけ微笑んで、頷いた。
「それなら、あなたが生き残らなくちゃ意味はない」
「そうだね。そうだ。うん、僕は必ず帰るよ」

「――どうしても取り戻したいものもあるから」

「日常、ですか?」
「そう」
「君が以前と変わらぬ日常を取り戻せる、そんな事は決してないだろうと思う。きっと、色々なものを失ったんだと思う」
美汐は小さく頷いていた。
「日常なんてもの、もう何処にも無いのかも知れません。帰れたとしても、私は真琴の事を忘れる事は出来ない」
「うん、そうだ。きっと以前在った筈のものは、今はもうない。でもね、」

「日常は、そこを日常なのだと思えば、きっと、そこが日常なんだ」

彰は、優しく微笑んた。
そして、思い出したかのように、腰に挿さっていた拳銃を、祐介に放った。
「お前にやるよ」
これで守ってやれよ。そう云う声が聞こえた。

何やら呟いて、彰は遠く、海の果てを眺めながら言った。
「しばらく朝日でも見てると良い。ここは結構安全だろうし、それに心も和むだろう」
彰は、そうして砂浜から立ち去った。

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