緋蛾。
海を見ながら、二人は、朝日が照らしている自分たちを想った。
どうしようもない美しい空。流れる雲と風の中で、二人は、短い言葉をかわした。
君を守るとか、そういう抽象的な言葉ではなかった。もっと、直接的な、簡潔な言葉。
「――ずっと、言いたかった。言うべきだった」
「君が好きなんだと思う。――天野さん」
「私も、――好きです、祐介さん」
――そうして、朝日の前で、二人は唇を重ねた。
触れるだけの、優しいキスだった。
――どうか、今だけは。
祐介と美汐は、殆ど同時に、そんな事を想った。
陳腐な言葉でも充分だった。生きていくのにはそれで。
――彰が、その一つの決意をしたのは、その二人が手を繋ぎ、歩いているのを見たからだった。
自分は揺れていた。日常とは何だ? 考えていても解らなかった答え。
何処に帰っても、ある筈のないもの。
ならば、何のために自分は戦ったのだろう。いっそ、死んでしまえば楽になれたのかも知れない。
けれど、その認識を改めなければいけない、と思ったのは、彼ら二人を見たからだった。
それぞれに傷を負った二人。けれど、その傷を補い合うかのように連れ添う二人。
だから、彰はそこでやっと判ったのだ。
日常とは、日常とは何かを考える瞬間に現れる幻だ。
そう、この世界のすべては、きっと日常で溢れているんだ。
そう考えて、漸く彰は決心をした。
この戦いで、皆、傷つきすぎた。忘れられないほどの傷を負った。
けれど、死ななければ、生きてさえいれば、きっと帰れるのだ、
何処かにある日常に。だから僕は、戦うのだ。
初音に、もう一度だけ逢いたかった、と思う。
日常を奪われた少女に、新たな日常を与えてやりたかった。
彼らに、初音捜索を託した。出来るなら、自分で捜してやりたいが、
多分、自分の身体は、もう、長くは持たない。
だから、貧乏くじを引いたって、大した問題じゃないんだ。
僕は犠牲になるべき存在だから。彼らの手を汚させる必要はない。
ああ、もう一度、逢いたかった。
なんとなく判ってはいた。もう逢える運命ではないんだと。
ただ最初は、守りたいとだけ思っていただけなのに、何なんだろうな、この感情は。
恋でもしてるって言うんだろうか。馬鹿げてるよな。小学生に。
まあ、何だって良い。恋をしてると錯覚してる間は幸せだ。
――気配を感じたのは、錯覚だろうか?
彰は、目の前に現れた小さな影を見つけて、小さな息を吐いた。
こちらを見て、目を丸くする、その顔まで見えた。
まったく、これから戦おうって言う時に、萎えるような登場、するなよ。
涙が伝っていた。生きていた。本当に良かったよ。
初音ちゃん。
だが、そこで、彰の意識は途切れた。
初音が駆けてくる音も聞こえない。眠い、眠い。
【長瀬祐介 天野美汐 砂浜でほのぼのお楽しみ】
【七瀬彰 柏木初音と再会も、失血でダウン】
【時間帯 放送直前、或いは寸前。】