雨のまぼろし
雨が降っている。白くか細い糸。
暗鬱な気分を誘う湿った空気。
それは帰りを待つ頼りない私の希望に似ている。
けれどいつか雨は上がるから。
雲は晴れて七色の虹がかかる。青空を映す水たまりを飛び越えることだってできる。
ピンクの傘を閉じる日は必ず来る。
そう、やまない雨はないから。
……重たい空気を吸って、視線をあげた。
傘も持たず立ち止まっているのは、見慣れた制服の主。
挨拶くらいはしておくべきだろうか。
「おは」
「おはようございます、なの」
言い終わるより前に、私の時間は止まった。
真っ赤に染まった制服を意に介せぬ微笑みに、凍るしかなかった。
無邪気な笑顔を崩さぬ彼女は、しっかりとした明るい声で、言った。
「もう返り血に慣れたの?」
「あのね」
「あなたは誰も信じてないの」
「親友ともクラスメイトとも一緒に助かろうとは思わなかったの」
「助けようとは思わなかったの」
「ひとり空き地で待つことを選んだの」
「殺して殺して殺して殺して殺して殺して生き残ることを」
「今さらエゴイストだとは責めないの」
「みんなおんなじなの」
「だけどね」
「友人たちをその手に掛けたあなたが」
「誰も信頼できないあなたが」
「……どうやって『あのひと』を呼び戻せるの?」
澪は饒舌だった。
悪意のない、故にどこまでも言葉と不似合いな表情を片時も変えずに声を紡いでいた。
私は一歩も動けない。
空き地から動けない。
「結局は自分の想いに酔いたいだけなの」
「一途なフリをして目を逸らしているだけなの」
「還ってくるはずがないの」
「だってあなたは、もう別のことに心を奪われてるの」
分かっている。
この澪は罪悪感が生み出した私の欠片だ。
もう言わないでと絶叫する私と、どこまでも揺るがない私がいた。
二人に別れてしまった気分だった。いや、もう何人なのか。
……気づけば、握りしめたピンクの傘は銃に変わっていた。
心底彼女を黙らせたいと思った。正体は分かっている。私だ。
さあ最後に私は私を殺さなくてはいけない。
祐一たちに囚われる私を。今まで通りの日常を夢見る弱い私を。
撃つ。
『あのひとの名前、まだ覚えてる?』
「……『居場所』を奪われた怨み!」
その時、二重に声が響いた。
あのひと。
待ち人。
消えてしまったヒト。
……え?
思考が反転する。
それは真っ白な現実。なにもない現実。
色の無かったそれが赤く染まる。
――――撃てない私は、呆気ないほどに弱い。