侵蝕開始
CPUの作動音。聞き慣れた音――消えた。
画面が完全に消えたのを確認すると、北川はノートを鞄に押し込んだ。
バッテリーが切れるのは、何としても避けねばなるまい。
これは、彼の一筋の希望。 
何も出来ない、自分の、たった一つの鍵。 
――ふざけるのも、ここまでだよな。 
ゆらりと、立ち上がる。 
「ジュン……?」 
レミィの声。怯えたような声だ。 
北川の顔に、剣呑な雰囲気は感じられない。 
しかし、常にあった、持ち続けていた筈の明るさは、薄い。
その様子に、レミィは多少ながらも"引いている"様子だった。
「そろそろ出よう。ここにずっと居て、もずくパーティー開いてても意味無いだろ」
「ウーン、確かにもずくばっかり食べるのも飽きたネ」
「そうじゃない」 
笑いには乗らない。 
「俺達には、探さねばならぬ物がある」 
「探さなきゃならないモン?」 
「うむ、これだ。見たまえ」 
そう言って取り出したのは、二枚のCD。 
「1/4、2/4……とかって書いてあるだろ?」 
「ウン」 
「俺の華麗なる推理によれば、だ。こいつは4枚あるんだ。英語の意味からすれば、何かの解除コードとかでも入ってるんだろ」
ウンウン、とレミィが頷く。それを横目に見つつ、
「結局、二枚だけじゃ解析は無理だった――俺の得意分野じゃないしな。だから、今から探しに行こうかと思――」
「ナルホド、強奪ネ!」 
「はっ?」 
レミィの台詞に、北川が頓狂な顔を見せた。 
「……だって、その二枚の内の一つもヒロユキが持ってたんでショ?」
ヒロユキ――の辺りで、レミィの表情が一瞬翳る。
だが、それも一瞬。 
「だよなぁ――とすりゃ、強奪するしか無いのか?」
――強奪。 
だが、北川の必要とするのはCDだけだ。 
荷物ごと奪う必要は無い。 
だが―― 
――CDだけ、そう簡単に手に入るわけがない。 
……恐らくは、相手は怪しむ。いきなりCDをくれと言ったところで、そう簡単に手に入るものか。
それだけではない。もし、持っていた相手が「ゲームに乗っていた」としたら?
……言うまでもない。相手は、自分達を殺しに襲いかかってくる。
殺す。 
殺す。 
――戦うってのか?この俺が?はは、まさかの冗談だろ……?
「ジュン……?」 
「ん?」 
気付けば、レミィの顔がすぐ下にあった。心配げな表情。
元々、北川とレミィの背は同程度だ。丁度、下から覗き込むような体制となっていた。
「顔、青いヨ……?大丈夫?」 
「―――」 
――ああ、そうさ。 
大丈夫。 
何とかなる。 
なにも、みんなゲームに乗ってるわけじゃないだろ?
大丈夫、大丈夫、ダイジョーブ。心配いらない!
「うむ、もずくパワー全開だぜ!」 
そう言って、北川は親指を立て、爽やかな笑顔を魅せた。
精一杯の、演技。 
何とかして、自分を奮い立たせた。 
そうでもしなければ、へたり込んでしまいそうだったから。
――恐い。 
恐いんだ。 
じわじわと――北川の精神を、恐怖が蝕みつつある。