日常との決別
ジャキッ……
いつでも引き金を引けるようにしながら崩れかけたドアを機関銃で開く。
「やはり…誰もいませんね……」
崩れかけた喫茶店、いや、喫茶店であったもの。
先のにぎやかな雰囲気を知っている者にとってはただの廃墟と感じられる。
「ここにいるわけがないですね」
篠塚弥生(047)はそんな言葉とは裏腹に意外そうな顔で店内を眺めた。
水瀬秋子はここにはもういない。
戦闘態勢を解かないままに店内を一通り調べまわす。
やはり、人影はない。
――私はここから動く意志は残念ながら無いのよ。
かつての秋子の言葉。だが、ここにはもういない。
あの時喫茶店にいた面子はもう秋子を除いて死んでしまった。
ならばここに敵が押し入ったのか…?そして皆殺しにした――
(そんなわけありませんね)
死体どころか血痕のひとつもないここで戦闘が行われたとは考えにくい。
――ちなみに一体、男の死体が奥の部屋に安置されているが、それは弥生も知っていることだ――
つまり、ここを秋子達が移動するまでは少なくとも戦闘は行われていない…ということになる。
(ならば、どうして秋子さんは動いたのか……)
カウンターの奥へと入り、コーヒーをドリップする。約3人分のコーヒーを。
もはや喫茶店とはとても呼べない寂れた店内に、香ばしい匂いが漂った。
動きやすいように荷物を整理しながら思案を巡らせるが、すぐにそれを断ち切った。
(根拠のない憶測など並べても意味がありませんね)
今の弥生が知りたいことは実はあまり多くない。
危険人物。
誰が闘いなれているのか、誰がゲームに乗っているのか。
そして誰が生き残っているのか。
それらを相手にする時が、一番危険だからだ。
弥生が最後まで生き残った場合、それらと交戦する可能性が一番高い。
最後まで残っている者が戦闘もロクにできない烏合の衆と考える方が愚かなものだ。
「そういえばもう一人ここにいましたね…確か国崎往人さん…でしたね」
弥生とほぼ入れ違いに出て行った青年の名と、顔を思い浮かべた。
秋子以外に、生き残ってる喫茶店にいた者。
まだ名前は呼ばれていない。彼が今何をしているかは知らないが、お互い生きていれば必ず会えるはずだ。
恐らくは殺し合いの中で。
あまり派手に動くべきではない。
確実に、仕留められるときにだけ動けばいい。
それが生き残るために弥生が選んだ道だった。
現在複数で群れて行動している人間は決して少なくはないだろう。
喫茶店での秋子達がそうであったように、
森の中で闘った、女性とは思えない程力強いお下げの少女達がそうであったように。
闇討ちで倒したカップルがそうであったように、
毒を受けた少女と、その少女を守ろうと爆死した悲しい二人がそうであったように、
マナと、そして炎の中で息絶えた少女がそうであったように、
弥生と、守りたかった二人が…そうであったように。
多人数相手となると、真正面から闘えば分が悪い。
(負けるわけにはいかないのですから)
それでも、弥生はここ、喫茶店へと足を運んでいた。
誰も知りえることはなかったが、本当の敵にも宣戦布告を果たした。
あとは進むだけだ。ただ、最後の決心がまだ足りない。
弥生の心はまだ冬弥、由綺と共にあったから。
危険を承知で喫茶店へとやってきた理由はそこにあった。
出来上がったコーヒーをそれぞれ3つカップに注ぐ。
一つは弥生の分、一つは由綺の分、そして最後に冬弥の分。
そしてわざわざカウンターの表側へと回りこんでから席へと座る。
「恐れ入ります」
まるでそこに喫茶店のマスターがいるかのように頭を軽く垂れる。
周りから見れば滑稽であったかもしれない。
だが、それでも弥生は日常を演じる。確かに存在したその日常を。
ささやかな日常の幸せが、今弥生の中に去来する。
今はただ一つの形見となってしまった彼女のニードルガンと、冬弥の特殊警棒を取り出した。
(私なりの…けじめですわ)
手のつけられていないコーヒーカップの前へと、それぞれ一つづつ置いて。
「そろそろ時間ですね……」
残ったコーヒーを喉へと流し込む。それはいつもよりとても苦い。
「――さようなら」
軽く会釈。直動的な動作で踵を返すとそのまま喫茶店の扉をくぐった。
もう壊れてしまった喫茶店に、冬弥と由綺、そして弥生が望んだ、還らない日常を置き去りにして。
後には空のカップ、そして未だ湯気が立ち昇る二つのカップの前に寄り添うように置かれたニードルガンと特殊警棒だけが残されていた。
篠塚弥生【ニードルガン、特殊警棒放置】