衛視。
お姉ちゃん達が死んだ。――みんな、死んだ。
――絶望に打ち拉がれ、へたり込んだ初音を、それでも突き動かそうとしたのは、
自分が今ここで泣いていては、背中に背負う大切な人を、失ってしまうと分かっていたから。
「――泣くのは、もう少し後でも良いよね、お姉ちゃん」
涙を拭いて、初音はまた立ち上がった。
――パァン。
驚いて振り向く。
耳に残響するその音色は、確かに今、自分の傍で鳴った。
そこに、立っていたのは。
「ううん、全く、こんな子供がここまで生き残るとは、心外だったぁ!」
――にたり、と嫌な顔で笑うのは、――高槻だった。
――初音は、がたがたと、震え始めた――
「まったく、こんな子供も殺せないような、そんなヘタレばっかりだったのかあ!」
言って、高槻は、わはははは、と、そんな笑い声を出した。
向けられた拳銃。
そして、何も武器を持たない初音。
明白だった。
結局、自分は、誰も守れなかった。
ずっと、守って貰ってきた。
そして、たくさんのものを失った。
大切なものを守れなかった。
がたがたと、歯が噛み合わない。
怖い。
腰が抜けて、動けない。
背中では、彰が息を乱して、初音に身体を預けている。
自分が死んだら、守れない。
「よおし、オレだって別に鬼じゃなあい!」
――ふと、高槻は、そう云った。
「一分間だけ待ってやるぅ! その間にここから逃げればいいっ!」
そう云うと、また、高らかに笑った。
遊ばれている。強者の余裕だ。
だが、他にどんな選択があろうか?
震える身体を抑え付ける。震えるな、今はここからっ――
彰を担ぎ、きっと高槻を睨むと、初音は駆け出そうとした――
「ちょっと待てえ!」
「その背中に担いだ美青年はそこに置いていけぇ!」
高槻は、そんな事を大声で叫び、初音を呼び止めた。
馬鹿な。そんな条件など呑めないっ――自分は、最早生き残りたいんじゃない。
大切な人を、守りたいだけなんだ!
だが、初音の考えているような事ではなく、
「別に他意はなあい! 重いだろう!」
――条件ではなく、忠告だったようだ。
「重くない!」
ムキになって言うと、
「……まあ、好きにすればいいっ! 一分後には、その可愛い顔が弾け飛ぶだけだぁ!」
初音は今度こそ駆け出した。
スピードが出ない。一分間というのは短すぎる。
息が乱れる。身体は疲れていない。――心が、疲れているのだ。
精神に圧迫がかかる。
もっと速く走らないと、彰が。彰が、殺される。
――もう、多分、一分経った。
だが、まるで追いかけてくる様子がないのは、何故だろう?
そう思って、少し息を吐いて、足を止めた時、
パァン。
思いも寄らぬ所から、拳銃の音が聞こえた。
初音が右を見た瞬間、
――その弾丸は、彰の横腹に命中した。
ぐらり、と身体が揺れる。
彰は呻き声一つ上げなかったが、身体が横凪に倒れる。
そして、同時に初音もバランスを崩し、泥に顔を埋めた。
そして、その衝撃で、彰を離してしまう。
自分の背を離れ、ごろごろと、数メートル先まで転がっていってしまう。
拳銃で撃たれた。
これ以上怪我をしたら、彰が危ない!
いや、呻き声すら上げなかった、彰は、もう――
嫌だ、嫌だ、死なせたくない!
汚れた顔を顧みず、初音は倒れた彰に縋ろうとした。
だが――
「それじゃあ、可愛らしい顔が、台無しだぁ!」
――いつのまに、そこまで来ていたのだろう?
――高槻は、拳銃を構えたまま、そこで、あの嫌らしい笑いを見せていた。
ここで死ぬんだ、と思うと、初音は、涙も出なかった。
騙された。あいつは初めから待つつもりなんて無くて、自分を、なぶり殺しにしたんだ。
こんなところで死にたくなかったし、
彰を、死なせたくなかった。
「本当に可愛い少女だあ! オレの趣味にぴったりだぁ!」
悔しそうに見つめる初音を見て、高槻は、そう笑った。
――最悪の事を、今、この目の前の男は口走った。
「別に今すぐ殺す必要はあるまいっ! 少しくらいお楽しみだぁ!」
恐怖で歪む。死ぬより怖い事を、今から自分は――
心臓の音。嫌だ、嫌だ、嫌だ――
「いやっ! 来ないで! いやっ!」
「呼んでも誰も来ないぞっ! お前はオレに犯されるのだぁ!」
絶望。嫌だ。汚されたくない、こんな、嫌だ、嫌だ、嫌だ!
高槻の乱暴な腕が、初音を強引に押さえ込もうとした時、
「――誰かは、来ますよ」
――そんな、声が聞こえた。
その瞬間、びくりと高槻は振り返った。
自分に掛けられた力は緩む。
そして、初音もその顔を見た。
金色の髪、そして、美しい大きな瞳。
右手には拳銃。
それは、ベレッタという名前の銃。
片割れの高槻が――持っていたもの。
鹿沼葉子は、心底不愉快そうな眼で、高槻を見つめた。