ツミビト
オモチャのような銃。
しかしその実体は、濃硫酸を相手に振り掛ける残虐な兵器。
その銃口の先で、今、晴香が、なつみの銃を蹴り飛ばしていた。
――それどころじゃない。そうだ、茜だ。
振り向くと、白い床の上で茜が悶えている姿が見えた。
床が、紅い。
「茜ッ!」
駆ける。
床の上に跳ねた血が、ステンドグラスから差し込む光を浴びて禍々しい輝きを見せている。
――鮮血だ。
祐一が側に駆け付けると、茜が左肩を押さえているのが分かった。
既にどす黒い色に染まっていた肩口を、鮮血の紅がさらに新しい色を上から付け加える。
血に勢いが強い。早く、早く治療をしなければ。
――包帯……くそっ、そんなもの、あるわけ無い!
水鉄砲を放り捨てる。無いのなら、作ればいい。幸い、祐一の制服の袖は長い。それを切りさえすれば!
咄嗟に、茜の腰に差された短刀を取り出そうとして――
それを、茜の、血みどろの右手が払った。
弱々しく。
「ほっ……ほっといて、下さい」
絞り出すような、声。
拒絶の意志。
「何言ってんだ……?無視したら、死んじまうだろっ!」
「……いいんです、死んでも」
脂汗の浮いた顔が、ふっ、と静まった。
痛みが治まったわけではあるまい。右手が抑え続けている左肩の傷は、未だ血を吹き出し続けている。
「――色んな人を、殺して、きたんです。ただ、生き残ろうとしてた、だけの、人を」
「………」
「それに、私は――詩子を、撃ったんです。無二の、親友を……撃ったんです……!」
唇を、噛む。弱った力は、噛み切る事も無い。
倒れた茜からは、倒れ伏した詩子の姿が見えない――見えない事を、酷く、辛く感じた。
泣きそうだった。
「………。私は、償うべきです……みんなに。詩子に。それに……貴方に」
「それが……それで、死んでもいいって言うのかっ……?」
「――はい」
事も無げに、答えた。
がすっ。
何かが、固い何かに刺さる音。
振り返ると、ちょうど祐一の隣に一本の刀が刺さっていた。
「――人の話くらい聞いてなさいよ。相も変わらず、泣き言ばっかり抜かして……!」
刀の先。
へたり込んだ少女の前に立った晴香が――全身に怒りを漲らせて、立っていた。
足取りも荒く近づくと、茜を挟んだ祐一の反対側に立つ。見下ろすような視線。込められた、侮蔑。
「そこのヘタレ男――それで袖でも切って、こいつの肩でも縛っておくのね。
……私は、こいつに、話があるわ」
軽く、蹴り上げる。傷に響いたか、茜が、苦悶の声を上げた。
「何しやがっ……!」
「うるさいッ!!」
一喝。
ステンドグラスを叩き割らんばかりの怒号が、祐一の抗議の声を掻き消した。
一瞬の間。息を吐き出した。
「……あんた、死にたいのね?」
唐突な問い。
「……はい」
額に脂汗を浮かべつつ、やはり事も無げに茜は答えた。
その潔さに、晴香はさらに顔をしかめる――片膝を付くと、茜の頭を持ち上げ、顔に近づけた。
こう言った。
「なら、あんたのやる事は一つね――生きるのよ」