天使の微笑み
ずっと張りつめていた緊張の糸が途切れ、今までの体と心の疲れが出たのだろう。
茜はそのまま、意識を失った。
「……う……い、ち……?」
詩子が呼び掛ける。
「詩子、どうした?」
自分でも不思議なくらい穏やかな声が出る。
この少女はもう虫の息なのに、もうすぐ死んでしまうのに。
だから、最期には、泣き声なんかじゃなく、穏やかな声で。
そう思った。涙は、後に取っておけばいい。
「……あ……か……ね。
だい、じょう……ぶ?」
「おかげさまでな」
手をとる。既に冷たくなりつつあった。
「あかねを……」
「茜を、どうした?」
「……てを……にぎら、せ……て……?」
「あぁ、わかった」
気を失っている茜の手を取り、詩子に握らせる。
詩子は瞳を閉じて、笑っていた。
ただ、笑っていた。
満面の笑顔。それはまるで、天使のようで。
かえって、これから訪れる悲しみを、より大きくしているようだった。
「……あはは。あり、がとう……。
あかね……あかね……」
最期に何かをつぶやく。
その声は小さく、晴香やなつみには届いていなかった。
祐一には、聞こえた。
思う、茜にも届いていて欲しいと。
「詩子……」
涙が溢れ出る。
最期まで、最期まで、我慢していられた。
笑顔でいられた。
「……詩子……」
眠っている茜が、呟く。
その頬にも、涙が一筋流れていた。
どんな夢を見ているのだろう。
せめて今だけは、幸せな夢を見させてあげて下さい。
たとえ目覚めが残酷でも、せめて、今だけは。
祭壇の十字架に、祈る。
神様の祝福は訪れるのだろうか。
それは誰にも、わからない。
【柚木詩子 死亡】