忌避性
チ・チ・チ。
チュン、チュン。
「……」
…あれから、どれほど経ったのだろう。
既に太陽が顔を出しはじめていた。
差し込む光の眩しさに怯み、帽子をずらしながらも、心の底まで照らしてくれる
かのような健康的な明るさに感謝の意をこめて、かるく拝する。
小脇に抱えたリストを、再び開こうとして考え直す。
社を求めて何度となく繰り返された会話を終わりなく続ける二人が、とっくに興味
を失ったリストを、暗記するほどに精読していた。
普段、何も考えてないように思われがちだが。
来栖川芹香の頭脳は、高速回転していた。
…それを、伝えられないだけで。
二人に若干遅れながらも、景色に目を凝らす。
間違っても風光明媚な景観ではないが、今では間違いなく必要なことに思えた。
そして発見する。静かに白い布切れを拾う。
土のついた包帯。これで、三枚目だ。
「……」
やっぱりそうだ。繰り返されていたのは会話だけではなかった。
間違いなく、これは忌避性結界。
植物などが、その本体や種子を守るため、成分の中に虫が嫌う成分を含めることが
しばしばある。それと同じような忌避性を示す何かがあったのだ。
決意を込めて突入したときは、問題にならなかった。
だから、あまり強いものではない。
結界などと言うものでもないのかもしれない。暗く細い道と明るく太い道、穏やかな坂
と険しい坂、そうした地形的差別を各分岐点へ意図的に配置しただけかもしれない。
恐怖という下地がある今、その効果は覿面だ。
表向き社に向かう決意を示してはいるが、冷静に考えれば採算のつく見通しはなく、
成功するとは思えなかった。
だから、無意識のうちに社へと続く道を見過ごし、別の道を選んでしまう。
それでも社の位置は心の奥底で知っているから、その周りをぐるぐる回ることになる。
たぶん、三人とも気付いているはずだ。
あの結界を拓くには、私たち二人では足りない事を。
四枚目の包帯を拾い、朝露にまみれた羊歯の密集する、陰気な獣道を横目で見ながら
確信する。指摘しようとして考え直す。
…今は、これでいい。
「……」
「? なあに?」
「どうしたの芹香さん?」
「……」
「おなか減ったの?」
「そっか、長いこと食べてないもんね」
「……」
「一回、出直そうか」
「街に下りて、食べ物探そ」
…芹香は一度として、今の会話の流れに沿った発言をしたつもりはない。
単に自分達の欲求と不安が、芹香の意思と言うかたちを受けて発露したに過ぎない。
半ば呆れて、密かに溜息をつく。
それでも、出直すという結論は満足いくものだったから…黙っておくことにした。
「さっき、ニワトリ鳴いてたの聞いた?」
「うんうん、たまごあったら、ホットケーキできるかな?」
…綾香も、浩之も、今はもういない。
傍らに、どちらか一人でも居れば忌避性結界の仕組みを解明したことすら伝わって、
蛮勇を奮い社に突入していたかもしれない。
そうだ。必要なのは、結界に対する力ではない。
芹香さえ引き込むような、太陽の光のような強烈な意志。
それが今では欠けている。
精霊や神が世界を動かすのではない。
人材こそが世界を動かすのだ。
「……」
「あ、芹香さんもハチミツ派?」
「カットしたところに染みた味がたまらないよねー」
…そんなことは、一言もいっていなかった。
芹香は、メイプルシロップ派だ。
【結界組、一時断念】
【芹香だけは、結界に対抗し得る人材の収集を狙っています(通じてないけど)】