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欺瞞


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「もうやめよう――」
「もうやめよう、秋子さん!!」
「な、なにを言ってるの? 祐一。秋子はお母さんの名前だよ」
「名雪が死んだショックで、今秋子さんは自分を名雪だって思いこんでるだけなんだ。
名雪は死んだんだ! お願いだから、正気に戻ってくれ、秋子さん!!」
祐一は血を吐かんばかりに自分の推測を叫んだ。その叫びが秋子の耳に届いた瞬間、秋子の脳裏に名雪の
最後の情景がよぎった。
「わたし、わたしは……名雪。いえ、名雪はわたしが……」
それと同時に秋子は崩れ落ちてゆく。その秋子を祐一が優しく抱きしめ支える。
「秋子さん、しっかりしてください、秋子さん」
その言葉に応え秋子の眼に光が戻る。
「…………祐一さん……?」
「…………よかった…………正気に…………戻ったんだ…………」
秋子は呆然としたまま、祐一を見つめていた。
 やがて秋子の頭の中に、今までのコトが甦ってきた。自分が名雪になった時、聞こえた歌が
もう一度聞こえてきた。

Hallelujah!

  For the Lord God Omnipotent reigneth

   The Kingdom of this world is become the Kingdom of our Lord and of His Christ,

    and He shall reign for ever and ever,

  King of Kings, and Lord of Lords,

   Hallelujah!

思い出しましたか?

どこかで、自分と同じ声色の主が囁いた。

あなたの大切な名雪は死んでしまったのよ。

嘘よ。――それは嘘よ
名雪は7年ぶりにやっと祐一さんに再会できたのよ。名雪に笑顔が、幸せが戻ってきたのよ。
なのに、なんでそんなコトを言うんです?

 わかるはずですよ?
 だって、あなたが殺してしまったんだから。

「な…ゆき…」
秋子は、震える手を鉈から離す。
それでも鉈は落ちなかった。

鉈は。
鉈は、壁に突き立っていた。
鉈は、名雪の笑顔を。
鉈は、名雪の笑顔を真一文字に叩き割り、壁に貼り付けていた。

可哀想に。大好きなあなたに殺されるなんて。

違います。わたしは名雪を殺していません。

じゃあ誰が名雪を殺したんですか?
殺したのは事実。
現実を素直に受け止めなさい。

認めません。それだけはわたしは認めません。それを認めてしまったらわたしはもう・・・・・・
そんな事実なんかありません。
死んだのはわたしです。わたし、秋子は今日死にました。今生きているのはわたしの娘の名雪です。
いえ、わたしが名雪です。




死んだのはお母さん。
お母さんを殺したのはわたし、名雪。
お母さんを殺しちゃったのは悲しいけど、でも祐一さえいればいい。そうだよね、わたし。

秋子に現実が戻ってきたとき、自分が床に横たわっていることに気づいた。そしてそばに祐一が
いて何かを繰り返し言っていることを。
「秋子さん、しっかりしてください。秋子さん」
秋子はその声を理解するなり上半身を起こし、祐一を女とは思えぬ力で突き飛ばした。祐一は
予期せぬ出来事に何の対応もできず頭を床に打ち付ける。一瞬意識が飛んだ。
それを横目に秋子はそばにあった鉈をつかみ悠然と立ち上がる。

「あ、秋子さん、何を・・・・・・」
「あなた、誰?」
「な、何をいってるんですか、秋子さん」
「わたしの祐一はわたしとお母さんを間違えたりしないよ。なのに、この祐一はわたしを
お母さんの名前で呼ぶ。祐一の偽物だよ」

唐突に祐一は理解した。事態は最悪の方向に転がったのだと。祐一の顔に絶望が浮かぶ。

「偽物の祐一がいるから、わたしを名雪として愛してくれる本物の祐一がいないんだね。
偽物がいなくなれば本物の祐一に会えるね。さようなら、偽物の祐一」

あたかも子供が友達にさようならを言うかのような無邪気な口調で、秋子は狂気の論理を口にする。

そして秋子は鉈を振り上げた。

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