陽のさす場所。


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「こいつ、どうしてやろうかしら」
まだ、これ以上、どうにかするつもりなのか。
高槻は――死の間際で、まだ痛めつけられるのか、という恐怖に怯えていた。
頭蓋骨は陥没し、死んでいてもおかしくないだろう、というか、死んでいて当然、という様相でありながら、
未だ身体は呼吸をやめない。いっそ、死んでしまっていたらどれだけ楽だったのか。
――多分、自分たちは失敗したのだ、と思う。
自分の他の二人も、自分と出来がそれほど変わるわけでもない。
柏木耕一との遭遇が最大の難関か、とも思っていたが、それすら甘かった。
「力を完璧に制限する」機械を、自分たち三人は皆、持っていた。
柏木耕一の力も、封じさえすればなんとかなる――そう、思っていたのに。
一般人である七瀬に、それを使う事も出来ない。
馬鹿な! これが一般人か! 10kg以上はあるはずの鉄パイプを片手で振り回す女子高生がいるかっ!
高槻三人がかりでさえ、この少女を殺せたかわからん。なんて恐ろしい。悪魔。
「悪魔って何よっ!」
声に出していたらしい。
実はまだ、自分は動けるらしい――声が出せるわけだし。
まあ、どのみち長くはないだろうが。達観して云う自分が、少しおかしかった。
「何笑ってるのよ、あんた」
耳元で少女が囁く声。――少女は止めよう、表現的におかしい。
「おかしくないわっ!」
また口に出していたらしい。

「――まあ、これでこの殺し合いはしまいだわな」
高槻は、掠れる声で云った。怪訝な眼で七瀬はそれを見た。
「多分、オレの片割れ達も、皆殺されただろう」
というか、生きていても殺されるだろう。この鬼畜米英に。
「鬼畜じゃないわっ!」
――また口に出したらしい。オレはバカなのか。
「ともかく、やる気になってたオレらが全員死んだって云うのは、まあ、本気での殺人者がいなくなった、って事だあな」
まだ舌が回る。奇跡だ。

「里村茜や篠塚弥生なんかがまだ殺人続けるかも知れないが――それはまあ、止められるだろ」
あんたのその腕力なら。高槻は今度こそ心の中で呟いたのだった。
結局、長瀬に対して復讐する事は出来なかった。
「もうどうせオレは死ぬよ。ああ、死ぬのは億劫だが、まあ、もう、どうでも良いわ」
そう云う高槻の顔を、やけに、哀しそうな眼で見て、七瀬は呟いた。
「――人を殺した報いよ。友達死んだんだよ。――たくさん、たくさん」
唇を噛みながら云う七瀬を見て、やっと、――後悔の念が生まれた。
「――そうだな。は、――どうもおかしくなっていたようだな、オレは」
本当に、なんでこんな事をしてしまったんだろうな?
にしても、オレはいつからおかしくなっていたんだが。

生まれた時はまだおかしくなかった筈さ。
大人になって、FARGOに入る事を決めた頃から、おかしくなっていたんだろうか?
嫌な人間になりたかったわけでもない。ただ、嫌な人間を演じている方がずっと楽だった。
嫌われていた方がずっと楽だった。
たくさんの女を犯したし、たくさんの人間を殺した。
――違うな、あの頃に狂ったんじゃない。
もっと昔だ。
けれど、思い出せない。
そして、やっと気付いた。
――思い出したくないから、オレは、嫌な人間になろうとしたんだな。
確かにあった筈の、数々の思い出。
けれど、それが、自分には眩しすぎたから、
狂ってしまおうと、したんだ。
オレは、結局、弱い人間だったわけだ。

――そう、それに、――判った。その忌避すべき思い出とは、何なのか。
参加者の中にいた、あの女の顔。
あれが、オレが思い出したくなかった、思い出だ。

ずっと好きだった女の子。まだ、ぼくが、まだ無邪気な笑みを作れた頃。
十年以上前に、離ればなれに、――別れてしまった女の子。
ぼくが、傷つけてしまった、女の子。

――何故、今になって思い出したのだろう。
いや、名前は、もう、忘れてしまっていた。顔だって忘れていた。
数年前の、この殺し合いにも参加していたという。
その時には、思い出しもしなかったのに。
最初にあのホールに集められた時、あの女が発言した時も、それでも思い出せなかった。
この間際に来て――漸く、オレは思い出したわけだ。
秋子。
――たぶん、間違いはない筈だ。あの時の少女に。
秋子はまだ、生きている筈だった。
どうか、生き残って欲しい。
――自嘲気味に、笑う。今更オレは、何を云っているんだろうな?
あいつもオレを覚えているわけがなかろうに。
きっと、また、嫌らしい、最悪の笑みだ。
だが、
「――なんだ、あんた、そんな笑顔も出来るんじゃない」
そう云って、七瀬は――笑った。
その面差しは――良く似ている。昔、髪が短かった頃の、秋子に。
「馬鹿に、すんなよ、女」

「潜水艦が、何処かにある筈だから、それを、捜せばいい、それで逃げられる、だろ」
云って――漸く、意識が途切れる。
だが、最後に、途切れる前に、最後に、呼びたかった。
手を、高く、高く、空にのばして。

「あきこ」

自分は、ただの複製品だった。きっと、本当は、一番出来の悪い。
だが、それでも、記憶の片隅にこびり付いて思い出せなかった女の名前を、
きっと、元の自分もずっと思い出せなかった名前を、最後に思い出す事が出来て――
オレという最低の人間にとって、

それは、少しだけ幸せだったと思う。

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