戦士


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ドガッ!

――強烈な衝撃。
掴んだ鉈こそ離さなかったものの、その身体は倒れた祐一を飛び越え教会の床を転がった。
倒れない。素早く身を起こす。
この動きが狂人のものか――
鞘を放り捨てつつ、体当たりを食らわした当本人、晴香はいささか驚いた顔を見せた。
「――さっさと逃げなさい」
辛うじて立ち上がった祐一に、晴香が言い放つ。
祐一は――近くに転がっていた濃硫酸銃を素早く掴むと、晴香に向き直った。
「……俺だけ逃げろって言うのか?」
「違うわ」
ぎり、と刀を握り直す音。
「その女を守る……そう決めたんでしょ。だったら、ここで死ぬべきじゃない。
 ――その女を連れて、さっさとどっか行きなさいっつってんのよ」
「――っ」
口を開く――しかし、何と言えばいい。
茜は、未だ気絶したまま。秋子がどう来るにせよ、もし、万が一その矛先が茜に向いたなら。
守りきれるとは限らない。
――言われるまま、か……これじゃ、結局、ヘタレじゃないか。くそっ!
すまない。そう返した。
茜を抱き抱える。軽い。しかし、血の流れた左肩が、ぐしゃりと音を立て、祐一の服を紅く染めた。
その様子に、秋子は眼を細める。
「ゆういち――ううん、ニセモノさんには、その人がいるんだね。
 ――逃がさないよ。捕まえてあげる。
 それで――目の前で――"わたし"と、同じように――ばらばらにするのォォ」
ふふふふふふふふ。
小さい、しかし背筋を冷やすような笑い声が響く。
おぞましい。こんな笑い方をする人だったか――?
背を向け、駆ける。それに、凄まじい速度で近付く影。
それが放つ、殺気が、近付く影の姿を祐一の背中に伝える。
速い――!

ギィッ!

金属音。鉄と鉄の擦れる音。それは祐一のすぐ後ろで。
振り向く事は無い。祐一は、駆ける。
――後ろでは、晴香の刀が秋子の鉈を止めていた。
「じゃまするのは――よくないよ、ね?」
ぎぎ……
鉄が軋む。奇怪な腕力。晴香は、両手で刀を持っているというのに!
――だからこそ、胴ががら空きであった。
「あぐっ!」
急な衝撃。それと共に、晴香の身体が跳んだ。
脇腹に痛み――咄嗟に引いていなくば、どうなっていたことか。
崩れた体制を、空中で立て直す。胸が痛い。
ちっ、という舌打ちの音。ひょっとしたら、肋がイッている。
――背後で、扉の開く音。そして閉まる音。
ヘタレ男は、脱出したらしい。こんな状況だと言うのに、晴香は内心安堵した。
だが――狂った瞳は、それを見逃さない。一瞬の緩みを。
影の如く、近付く。見えない死角から伸びた手が、晴香の首を掴んだ。
鉈であったなら、死んでいた――だが、どっちにしろ、同じだ。
チェックメイト。
「ぐっ……!」
動かない。強烈な握力に、血が止まる。景色が白く染まっていく――
「ふふふふ」
秋子が、笑顔を浮かべる。
その娘に、似た顔で。
そして、それが、一瞬の下に。
一瞬だけ。
"秋子"に戻った。
「……死になさい」
一閃。





それは、晴香の髪を少し切り裂いたに過ぎなかった。
上に跳ね上がった腕――その先にある鉈に、晴香の長い髪が絡んでいる。
それを、秋子は、やはり狂気の眼で見ていた。
状況は、狂った頭にもよく分かった。"なにか"がうでをたたいた――と。
首が放される。咄嗟に身を引くと、先程まで秋子の身のあった空間を何かが貫いた。
鞘。晴香の、刀の鞘。
荒い息と共に見上げる晴香の目に、それを握った一人の少女の姿が映った。
なつみ。
「――別に、助けたつもりは無いわよ」
そう、ぽつりと呟いた。
秋子は、新たな敵の出現に、その手に握る鉈を握り直す。
晴香は返す。
「……じゃあ、礼は言わないでおくわ」
「――ご自由に」
その返事に、晴香は、にやりと笑みを浮かべた。

静まりかえった教会の内。
三人の女が、対峙する。

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