伏魔
はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……。
息切れの音が聞こえる。
追ってきている……確実に追ってきている。
走りながら空のマガジンに銃弾を補充する。
カシャ、カシャ。
これでいい。
後はこれで撃ち殺すだけだ。
ダァン!
……外れたか。
遠い。
おまけに森だ。
視界も動きも制限される。
早くこんな面倒なことは終わらせてしまいたいのだが……。
……そうだ、罠を張ってやろう。
老の得意な格闘戦に持ち込んでやれば、
アドバンテージがあると思って隙をさらけ出すに違いない。
今の私になら……それが出来る。
男――源三郎――は立ち止まる。
そして高らかに言った。
「老、あなたは格闘がお好きだそうですなあ!」
少し離れたところに源四郎も止まった。
何を白々しい……と言わんばかりの表情がそこには浮かんでいる。
「冥土の土産に、私がお相手して差し上げましょう!」
「貴様……ごときが……はぁはぁ……相手になるか……」
苦い顔で源四郎は言う。
――ずいぶんと息が切れている。
反対に源三郎は全く息を乱していない。
「そうですかね――」
いつのまにか拳銃をどこかにしまって、源三郎が殴りかかる。
「……ふん!」
が、所詮、程度は知られたようなもの。
源四郎は軽くそれを一蹴した。
だが源三郎はすぐさま立ち上がり、また攻撃する。
その動きはだんだんと俊敏になっていくも、全て源四郎には跳ね返されていった。
そしてそんな応酬を数度繰り返す。
そのうちに源四郎の頭に疑念が過ぎった。
(どういうことだ……これは)
なにやらその動きは源四郎や蝉丸に匹敵するほどの鋭さを見せ始め、
何度も殴り倒されているはずなのに、そこに疲れや痛みを感じられない。
ギラギラと異常な光を灯す目。
そういえば奴の血管も異常に肥大している――まさか。
「――ドラッグ、か」
源三郎は怪しく笑う。
その通りであった。
多重の薬物投与を行うことで、彼の体は異常発達していた。
限界まで引き上げられた運動能力。
超鋭敏なセンサーと化した感覚器官。
……そしてそれに付随する形での、痛覚の麻痺。
なぜ、そこまで……。
拳を握る。
心に沸いた、些末な哀れみなど掻き捨てて。
いや、なればこそ、次の一撃で決める。
ただ破滅に向かうだけの、この男を。
源四郎は大きく振りかぶり、拳を振るった。
この瞬間を待っていた!
見える。
今ならば見える。
鉄壁の防御に空いた隙間。
老の広い懐、絶対の隙が全く晒し出されている!
源三郎は神速の反射で拳銃を取り出す。
無論、源四郎に向かって駆け寄りながら。
この動きは、源四郎の目には入っていない!
「うおおおおおおおおお!」
源四郎の正拳が、源三郎の胸に突き刺さる。
凄まじい拳勢、さすがに今回のはまずいかも知れん……が。
銃弾を阻むものも、何も無い。
同時に、源三郎はトリガーを引いた。
……。
…………。
……………………。
森を支配する静寂。
見るものが見れば、それはひどく白々しい――。
しばらくして一つ、影が立ち上がる。
それは地面に横たわるもう一人を何か調べると、
そのまま幾分もしないうちにそこを立ち去った。
右手に、白くけぶる拳銃を携えて。