空の青
――いやぁ、いや、いやぁぁぁぁあああ――
魂が震え、搾り出される声に導かれて、意識が現実へと引き戻される。
「わた…し…?」
まだ鈍く痛む後頭部をさすりながら、ゆっくりと繭は起き上がる。
自分の、置かれた立場が理解できずにゆっくりとあたりを見渡した。
「そっか…私は……」
なつみの一撃を後頭部に受け、昏倒していた。
それはどの位の時間だったのだろう。
(でも…それほど時間は経ってないっ…!)
痛みを振り払うように、頭を左右に激しく振った。
倒れたときの空の明るさは、今とほとんど変わらない。
今、繭達が置かれている状況には、まぶしすぎるくらいの空の青。
自分が何をしていたのか、何をしたかったのか。
気を失う前の出来事がゆっくりと思い出される。
まるで白黒のフィルムに色がついていくかのように。
何か大切な者を、大切なことを失ってしまうことの予感と共に。
(祐一、詩子さん、なつみさん…)
駆けた。張り裂けそうな心の痛みに耐え切れずに。
何故、なつみが繭を殴ったか、そんな疑念はその痛みの前に吹き飛んでいた。
――長森さん…
既に失ってしまった大事なお姉さんの名前を、顔を思い浮かべる。
もう、決して失いたくない。
(嫌だよ…そんなのっ!!)
後から後から湧き上がってくる予感が、膨れ上がって繭を覆い尽くす。
だから全速力で走った。息が苦しくなっても、横腹がひどく痛んでも。
心の痛みに比べれば、何でもなかった。
手で、心を覆い尽くす闇を振り払うようにしながら。
駆けた後に残ったのは、振り払った心の闇ではなく、きらきらと光る涙の軌跡だった。
【椎名繭 教会へ】