蒼は神の下に散る
――あああああああああああああっっっっ!!!――
悲鳴。
続く悲鳴。
森の中に響き、消えて行く。
それが、祐一にはまるで少女達の命が消えて行くかのように聞こえて、ぞっとした。
「頼む――頼む、頼む、頼む!無事でいてくれっ――!」
祈るように、叫んだ。
それは誰に。
――即ち、神に。
だが、それは、教会まで届いたのだろうか。
絶望感。
もう既に全ては遅かったのではないかという思い。
だが。
諦めるのは、まだ早い。
そう思って、彼は駆けた。
しばらくして、森が切れた。
つい、先程通り過ぎた壁。教会の壁。
見つけた。
脇を駆け抜ける。もはや、荒れる息すらも気に止めず、彼は走った。
そして。
その扉を開ける。
――ばぁん!!
勢い良く、扉は開いた。
その瞬間目に飛び込んだのは――。
血に塗れた、蒼。
長椅子の間で、手を後ろに付け、怯えた子供のように後ずさる晴香。
血に塗れた手を、我が物でないかのように呆然と見る繭。
そして――呆然とへたり込んだ、なつみ。
それは、誰よりも早く反応した。
まるで、祐一が来るのが分かっていたかのように。
その指を有らぬ方向へとねじ曲げ。
その腕を折り曲げられ。
そして、その身を刀で貫かれ。
それでも、彼女は立っていた。
「――最後まで―――――遅刻だよ――――」
薄暗い教会の中。
七色の光が、ステンドグラスから差し込まれる。
それはまるで、神が舞い降りたように、綺麗で。
「――祐一」
重い、重い足取り。
生きる死霊の如く、重い足取り。
虚ろな瞳。
それは、この世のどの闇よりも、深く。
哀しかった。
「――行こう――よ――――祐一」
ぽつり、ぽつりと。
こぼれ落ちるように、呟く秋子。
――いや、それはもはや"秋子"ではなかった。
認める他、無い。
それはまさしく――水瀬名雪。
「――学校に――遅れ―――ちゃう、よ?」
一歩、一歩。
その足は、血に塗れて。
もはや歩けぬ筈なのに。
その足は、確実に祐一へと。
既に亡き娘の心を、愛しき人へと。
「―――ねぇ――祐一―――」
祐一は。
一瞬だけ、目を閉じた。
目の前の現実を、受け入れる為に。
己の為すべき事を、為し遂げるが為に。
目を開く。水鉄砲を小脇に置いた。
一歩。近付いて行く。
全ては、静止していた。
呆けたように。傍観者達は、見ていた。
その悲劇の、終幕を。
どん
小さく、重い音。
ずしりとした重さ。
確かな重さ。
人の命の重さ。
「―――え?」
祐一は。
祐一の右手には。
短刀。
それは、今、彼女の胸に。
「――いい加減、目を覚ませよ」
どしゃっ。
血を弾き、彼女は床に倒れる。
その側に近寄って。
言った。
「――なぁ、名雪?」
――祐一。
――そうだね、もう、学校に行かなくちゃいけないよね。
――うん、行くよ。
――目覚まし止めて。
――朝ご飯食べて。
――学校に、行くよ……。
「……祐一さん」
ぽつりと。
か細い声。
「……はい」
祐一は、目の前の人の顔を見た。
それは、先程よりもずっと落ち着いた顔で。
酷く哀しげな顔で。
確かな、いつか見た母親の顔で。
「――名雪を、よろしくお願いしますね?」
その目が、光を失って行く。
消えて行く、命の灯火。
それは、紛れもなく――水瀬秋子のもの。
「――待って―――ますよ―――」
そして、光は消えた。
鳥の声。
風の音。
その中で。
その中に建つ建物の中で。
祐一は。
既にこの世の人でない人に――言葉を返した。
上を見上げて。
ステンドグラスの向こう側に。
届くように、と。
「――悪いけど、俺は――俺には――もう、大切な人が、いますから」
光は淡く差し込んで。
祐一を包んだ。
神が見ているかのように。
「――さよなら、秋子さん――」
【090 水瀬秋子 死亡】