今、一度の門出
「悪い……」
祐一は上を向きながら言った。
ずいぶんと不自然な姿勢だった。
でも、誰もそれを咎めようとはしなかった。
「遅くなった」
「何で、……戻ってきたのよ」
晴香は座り込んだままで聞いた。
「……あの子を放って置いていいの?
けっきょくヘタレね……あんたって」
毒舌は変わらない。
……なのに、その言い回しからは不思議と刺は感じられず。
「……ああ、そうだな」
祐一は上を向くのを止めて、
――その拍子に水滴が僅かに跳んで――、
倒れた秋子を一瞥する。
「結局、俺はヘタレさ――」
選ぶことが出来なかった選択肢、
見送ってしまった選択肢、
もう、正しいかどうかも分からない、過去の選択肢。
戻れるものなら戻りたい。
運命を変えられたかも知れない、その瞬間に。
だが、そんなことが出来るはずが無い。
俺は受けたんだ、報いを。
そして、これからも――。
すっと立ち上がる晴香。
その様子は、もうずいぶんと落ち着いている。
ゆっくりと歩いて、繭に近づく。
繭は……何かに疲れたように、ぼうっと固まっている。
「気にすることは無いわ。
……よく、頑張ったわね」
ポン、と繭の頭の上に手を置いた。
晴香のそのねぎらいの言葉は、
――ひどく重く感じられて。
「そっちの方もまだ生きてるわね。
悪いけど手当ては出来ない、自分でどうにかして頂戴」
脚を切り裂かれながらも、
なつみもまた、そこで生き長らえていた。
晴香はさらに教会の奥へ向かう。
「そこのヘタレ男、来なさい」
「……なんだ?」
「……放っておくわけにはいかないでしょう?
つくづくヘタレね、あんた」
「……ああ」
彼女の視線の先には、寝かされた詩子の遺体があった。
「埋葬しないと遺体が傷むわ。
女の子をそんな風にするわけには行かないでしょ」
そして、詩子と秋子、両方の遺体を運び出して埋めた。
繭は手伝いたそうだったが、
傷に響くといけないので断った。
途中、置いてきぼりにした茜のことが気になったが、
彼女がいまさら何かするとも思えなかったので、
そのまま埋葬に集中した。
そこまで彼女は愚かではないし、
埋葬は茜もきっと望むところだと思ったから。
「――私はそろそろ行くわ」
「……そうか」
「馴れ合いは嫌いなのよ、
由依が居ない今、群れる必要もなくなったし」
「……」
「あとは復讐を達成するだけ、よ」
晴香は、回収した鞘と刀を、元の通り納めた。
「まだ、殺すのか……?」
「簡単にいわないで頂戴。
私は何人もの思いを背負ってここに居るのよ。
そんな単純なことをやってるんじゃないの」
「…………」
祐一は、何も言い返すことが出来なかった。
「――もう、ヘタレは卒業しなさい。
そうしないと、今度こそ本当に守りたい、と思ったものも、
守れなくなるわよ」
ポン、と晴香は祐一の頭を叩いた。
――そう、先ほど繭にそうしたように。
「次に会う時までに、もう少しかっこよくなっておくことね」
そう言い残し、晴香は教会を去っていった――。