教会にて〜Last Episode〜
「これから…どうする?」
どちらへ…と言うでもなく祐一が呟いた。
晴香が去った後、祐一と、そして満身創痍のなつみ、繭だけが残った。
「どうするって…どうするの?」
そしてどうしたいの?と繭が付け加えた。
いろいろなことがありすぎて、これからのことなんて何一つ考えられなかった。
だけど……
「俺は、茜を守る」
それだけは、絶対に、言えた。
いろいろな人を失ってなお…いや、だからこそ。
「茜だけは、守りたい」
悲しみの傷が癒えることはなかったが、
鮮やかな空のblueは、それでも優しく祐一達を包んでくれた。
泣きたいくらいに澄み渡ったクリスタルブルーの空。
いっそ、雨が降ってすべての悲しみを洗い流してくれたらいいのに、とさえ思っていたのに。
祐一たちの心は、穏やかだった。
「うん…」
いいと思うよ、と繭が呟く。
傷は痛むだろうが、それでもつらい顔など微塵も見せずに。
それはなつみも同様だった。
だから余計に言い出せずにいた。
「私達は、いいよ」
繭が呟く。
「えっ…?」
祐一が言い出せずにいた言葉。
これからは茜を守っていきたい。生きて帰る為に。
その為にはこれから危険を冒していくことになるかもしれない。
それでも、茜となら乗り越えていける、と思った。
だけど…
(繭やなつみちゃんまで巻き込んでしまっていいのか?)
祐一は思う。
俺は弱い。
繭やなつみを守りきれる自信なんて、まったくなかった。
ましてや怪我人だ。危険を冒さないで済むのなら、その方がいい。
だが、置いていけるのか?
ただでさえ、怪我人なのに、そして殺人ゲームが行われている島なのに。
祐一や、繭達、そして茜も含めて、
いつかは、生きて帰るために殺し合いをしなければいけないかもしれないのに。
――もちろんそんな選択をする気はないが。
(置いて行ける訳、ないじゃないか――)
「私達は、ここでお別れです」
だから、なつみが、繭が、そのセリフを口にしたときには驚いた。
「足手まといですし、それに……」
「野暮な存在にはなりたくないしね、祐一」
(俺は、バカだ)
ただただ、自分の浅はかさを呪った。
もう、この二人は、ずっと前から決めていたんだ。
俺の、為に。
「俺なんかより、ずっと、強いよ」
二人の頭を、交互に撫でる。
「今頃気付いたのね」
繭の呆れ顔。
「さ、行って、祐一」
繭が、そっと祐一を押した。
「俺が、バカだったんだよ」
だけど、歩き出さずに。
「祐一……」
「俺が、全部悪かったんだよ。一番大切な女性に目を奪われていて…
他の…本当に大事なものが見えなくなっていたんだ」
栞も、香里も。
真琴も、名雪も。
そして秋子さんも。
「俺が選択をあやまらなければ、死ななくて済んだのかもしれないのに…
俺が、違う道を行けば、みんな生きていられたかもしれないのに…!!」
「そうかもね」
「……ああ」
「ちょっと、椎名さんっ!?」
「いいのよ」
繭が、抗議の声を上げるなつみを手で制した。
「祐一、人は強くて、弱いのよ。だから、自分ひとりでできることなんて限られてると思う。
私もそうだから。
人生なんて後悔の繰り返し。
それでも、前を向いて生きていけることが強さだと思う。
だからこそ、誰もが現在(いま)を、輝いて生きてる」
繭もまた、真琴のことを思い出す。
「繭……」
「自分一人で背負い込まないでよね…
他の選択肢もあったかもしれない。
他の生き方も、他の人生もあったかもしれない。
だけど……それでも前を向いて歩けば、強くなれると思うから」
一旦言葉を区切り、深呼吸する。
「自分だけは――自分のとった行動に、信念があったのなら――
自分だけは自分を信じなきゃ駄目よ。
せめて自分だけは…自分の行動に、誇りをもたないと」
たとえ、その先に後悔が待ち受けていたとしても。
「先を恐れて行動しないほうが、ずっと、ずっと…つらいと思うから」
「繭……」
繭の言葉の意味をひとつひとつ噛みしめるように、目を閉じる。
「やっぱお前、きのこ食べると大人っぽいな」
「どういう意味よ?」
そのあと、ひとしきり、笑った。
「さ、行こうぜ。ゆっくりな。……歩けるか?」
えっ?…っと、二人が顔を見合わせる。
「一緒に行こうぜ。俺は確かに頼りないし、駄目な奴かもしれないけれど…」
すっと、差し出された手。
「俺も、信じた道を行くことにしたよ。後悔しないように」
始めからこうすれば良かったんだ、と祐一。
「出来る限り守るぜ、俺は」
みんなをな。
「せいぜい、私達に守られないよう気をつけなさいよ」
繭が、そしてなつみが、祐一の手を、しっかりと握った。