書を捨て街に出よう
「……というわけなんだ」
北川潤(男子・029番)は、苦しい言い訳に追い立てられていた。
「……………。」
宮内レミィ(女子・094番)は、もはやウンともスンとも言わなくなったノートPCを前にして呆然とするほか無かった。
「よって、このパソコンがなおるまで、”おかあさんといっしょ”は見られなくなっちまったってことなんだ」
「……………。」
「嗚呼、思えば不幸な事故だった。仕方なかったんだ、まったくなぁ…。まったくだなぁ…。こればっかりはなぁ…」
本当は、どう見ても日本語を喋れそうにない小学生ぐらいのスッポンポンな女の子たちが、いろんなことに大チャレンジしてる画像を期待しつつ実行したファイルのせいでマシンがハングったのだが、正直に伝えたところで北川に利はないし、返ってメリケン側の心証を悪くするだけだろう。結局北川は、目頭を摘んでもっともらしく嘆く事で米側の追求を免れようと計った。
「………ジャジャマル」
ぼそり、と聞き取れるかそうでないか位の声でレミィが呟いた。
「…は?」
「ピッコロも、ポロリも」
「うむ、残念ながら当面は見ることは不可能だ。前に言ったとおり、相変わらずぽろりはおいなりさんとお宝をチャックからはみ出したままで、ぴっころは見境無しに口から玉子吐き出し、じゃじゃまるは小豆相場に手を出しっぱのままだ。つまり一生こいつらは救われないままなのさ」
ついぞ余計なことを言ってしまうのは、北川潤という男のどうしようもなく救われない部分であるのかも知れない。
「……………!」
それを聞いたレミィは最初目を見開き、次に俯き、そして小刻みに震えだした。北川はしまった、と思った。「そのコリコリとした睾丸を食わせてくれるのは貴様カァ!」とトランスに入ったレミィに胸ぐらを捕まれてそのままマグナムでパンパンされてしまう、半ば確信を伴った予知的ヴィジュアルが北川の脳内で鮮やかに再生される。もはや外交交渉は決定的にご破算であろう。北川は国際連盟を脱退してジュネーブの会議場を後にしたときの松岡洋右の気持ちが分かった気がした。
どこか遠くへ旅に出たい気分だった。旅はいい。人を賢くさせる。外に出てみなければわからないことがたくさんある。学校で教えていることは全て本に書いてある。だから、本を読んでいれば学校なんて行かなくてもいい。それよりも旅をすべきだ。幸い、この国には徴兵制がない。兵隊にとられるよりは世界放浪のほうがましだ。イスラエルの若者は兵役に就く前の一年間、世界中を旅している。ユダヤ人にしてみれば放浪は宿命みたいなもんだ。
北川はユダヤ人が羨ましく思えた。
「見るヨ…」
「は?」
北川は拍子抜けした。ヤンキーの反応は彼の想像とは異なっていたからだ。そして彼の脳内から虐殺マイセルフなシーンとジュネーブとアラファト議長とバラク首相の顔も霧消した。
「絶対見るよジュン! ワタチCD全部集めてノート直してにこぷん全話みるデセ!」
大宣言したレミィは、荷物を担ぎあげると北川の手を引いてそのまま立ち上がった。
「そうと決まったら出発するよ! ほーら、行くよジュン! ロンよりショーコ、善は急げ、あわてるコジキは貰いが少ないデース!」
やはり男にとって永久に女はかなわない存在なのだ、とレミィに手を引かれながら北川は強く思った。
だが、それ以前にもしCDを全部集めたとき、中に入っているのがにこぷんで無い事をメリケンにばれたら、いったいどうすればいいのだろうか、とも北川は悩むのだった。
「ジュン」
レミィの呼びかけに、北川の思考は中断された。
「なんです」
「火遊びはホドホドに、ネ! あんまり興味本位だけでいじくりまわしちゃうからヤケドしちゃうんダヨ!」
やはり女は怖い。そういえば創世記の頃から女は強かった。イヴにそそのかされたアダムの時代から男は女には逆らえなかった。足利義政は日野富子の言いなりだったし、玄宗皇帝は楊貴妃の為にわざわざ数千里も離れた所からライチをもってこさせた。そしてそんな彼らより力もなにも無い北川は「もしかしてばれてますか?」とは恐ろしくて聞くことができなかった。
「アハハッ、シュッパーツ!」
ガラガラとシャッターが開いて、外の日差しが二人を眩しいくらいに照らし出した。