楽園追放


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 朝日がもうすでに朝日ではなくなった頃
 一組のカップルが墓場の近くを通り過ぎようとしていた。

「う〜ん」
 海水のおかげで多少目がひりひりしている。
「大丈夫ですか?」
 美汐が心配そうに顔を覗き込む。
「あ、うん。ちょっとしみるけどね」
「意外とドジなんですね」
「あはは…、そうかな?」
「そうですよ」
 二人同時に笑みがこぼれる。
 この二人がいる場所だけはこのすさんだ島の中で唯一の楽園のようであった。

「ところでこれからどうするんですか?」
「うん、それなんだけど僕達は逃げる手段を探そうと思うんだ。
 もし、彰兄ちゃんがこのゲームを終らせてもこの島を出る手段が無ければ意味が無い。
 泳いでいくというのはかなり無理があると思うんだ…
 だから、僕達はこのゲームが終ってみんなで帰るための手段を探そう!」
 僕は、柄にも無く熱弁を振るってみた。
「そうですね。そして日常を…新しい日常を取り戻しましょう」
 美汐ちゃんは何も言わず賛成してくれた。

「でも、どうやって探しましょうか?」
 美汐ちゃんが当然の疑問を投げかける。
 僕は近くにあった墓石寄りかかりながら答えようとした。
「それなんだよね。何にもてがかりが無いんだよ。
 そういえば、ゲームの元管理者だった高槻とかいう人は何か知ってたりしないのかな?
 見つけて教えてもらったりはできないだろ……って、ととと……うわっ!」
『ドシンッ!』
 寄りかかった墓石は見事に倒れ、僕は尻餅をついてしまった。

「くすっ、やっぱりドジですね。墓石に寄りかかったりするから罰が当たったんですよ」
 美汐ちゃんがからかいながらも僕に手を伸ばし起こしてくれようとする。
 下から風も吹いてきているので容易に立ち上がれるだろう。
 ………風?
 ………下から?
 僕は美汐ちゃんの手をとり立ち上がり、あたりを見回した。
「ど、どうしたんですか?」
「風が吹いてるんだ!」
「それはさっきからずっと吹いてますけど?」
「そうじゃなくて!下から、地面の方から…」
 僕が倒れた墓石をさらに動かすと、その下にはどこかへと続く地下通路が現れた。

 僕は唾をごくりと飲む。
「この道何処に続いてるんでしょうか?」
「わからない、でも、行ってみようと思う。
 危険だから美汐ちゃんはここに残っていても…」
 僕の唇に人差し指を置き、首を横に振る美汐ちゃん
「そんな事言わないでください」
 僕の眼をじっと見つめる美汐ちゃんの瞳の意志は強かった。
 僕もそれ以上は何も言わずにただ頷くだけだった。

 中は思ったより綺麗な造りになっていた。
 通路は薄暗かったがそっちの方が人に見つかりにくく、かえって好都合であった。
 手には緊張のせいか汗を掻いている。
 美汐ちゃんも手に汗を掻いているみたいだ。
 …え?美汐ちゃんの手?
 そのとき僕は初めて、美汐ちゃんの手をずっと握り締めていたことにきづいた。
 美汐ちゃんの顔を見ると薄暗くてはっきりわからないが真っ赤になっているようだった。
「あ、ご、ごめん!その、て、手を…」
「い、いえ、べつに…」
「僕、いつから握ってた?」
「え?あ、あの、倒れて助け起こしたときから…」
 僕は顔から火が出そうになくらいあつくなった。
「あの、その、離したほうがいいよね?」
「そんなこと無いです。心細かったんで、すごく安心してました。
 だから、離さないでください」
「うん、わかった。何があっても僕はこの手を離さない」
 そう言って、僕はより強くその愛しい人の手を握り締めた。
 それに習うかのように、彼女も強く握り返してきた。
『絶対に離さない!僕が守り通してみせる』
 僕はそう心に誓いさらに通路を進んでいった。

 進んでいくと今までに無い雰囲気の部屋を見つけた。
 これまでにあった部屋は机や椅子などが並べてあるだけの部屋や、
 ガラクタが放置してあるだけの倉庫しかなく、
 脱出の手がかりになりそうなものは一切無かった。
 だが、今回見つけた部屋にはドアに【Stuff Only】と書かれていた。
「なんか、少し怪しくない?」
「そうですね。今までこんなこと書かれていませんでしたしね。
 でも、誰か中に人がいるんじゃないんでしょうか?」
「大丈夫だと思うよ。人の話し声とか物音とか全然しないし」
 僕はドアに耳を当てながら慎重に中の音を探った。
「よし、じゃあ入ってみるからね」
「はい」

 僕は中に入ると物陰に隠れながらあたりを見渡す。
 この部屋はかなり広いらしく一番端が見えない。
「これだけ広いのに誰もいないのかな?」
 奥の方に何かがあるみたいのだがここからではよくわからいので、
 もう少し近づいてみようと考えた。
「あっちに何かあるみたいだね。なんだろう?コンピューターかなぁ?
 行ってみようと思うんだけど大丈夫だよね?」
 そう言って、僕は振り返った。
 だが、そこには、僕の左手に繋がれているべきはずの人間はいなかった…
 ただ、雫がぽたりと落ちるだけの綺麗な右手しか残っていなかった。
「美汐ちゃん!!」
 僕はあたりを何度も見渡す。
「美汐ちゃん!美汐ちゃん!美汐ちゃん!」
 周りに敵がいるかもしれないにもかかわらず僕は大声でその愛しい人の名を呼びつづける。

 そして、僕は気付く。
【Stuff Only】の意味に…
 このゲームのスタッフつまりこのゲームの主催者とは…


 ―――そう、長瀬一族であることに………

 つまり、こういうことなんだろう。
 この部屋は長瀬一族のものしか入れない。
 それ以外の人が決して入れないようにしてあるのだろう。
 だから、僕と一緒でなかったら美汐ちゃんの手は切断されることは無かった。
 そのことに気付いた僕は………
「うわあぁぁぁあぁぁぁ!!!!!」
 体がよろよろとふらつく。
 まるで自分の体ではないかのように。
 自分の中に抑えきれない電波が増幅していく。
 しかし、封印されてるいるせいでその電波の力が外に向かうことは無い。
 ならばその抑えきれなくなった電波は何処に向かうのか?
 自分の中に暴走した電波がたまっていく。
 臨界を超えたそれは僕の中で爆発する。
 目の前が白い光で満たされる。
「光が、光が満ちていく…」
 そして、僕は倒れた。

 こうして二人の楽園のような日々は終わりを告げた。
 そう、まるで知恵の実を食べ、楽園を追放されたアダムとイブのように…


【005 天野美汐 右手切断】
【064 長瀬祐介 電波の暴走により倒れる】

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