拝火。


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夢を見ている。
どうしようもない、浅い夢。
駄目だ、眠っちゃいけない。
彰お兄ちゃんの看病をしなければいけないのに。
声が聞こえる。夢なのか、現実なのか、判らない。
きっと、その中間だ。

「彰お兄ちゃん」
うん。ありがとうね、初音ちゃん。初音ちゃんのお陰で、だいぶ救われた。
「わたしの方が救われたよ。ずっと、ずっと」
好きな人を亡くして、壊れかかっていた僕に、意志を与えてくれたのは、君のお陰だ。
「わたしは、何もしてない――」
僕が君に色々、してやりたい、と、思わせてくれたから。だから、君のお陰だ。
だから、君に、新たな日常を与えてあげたかった。
「新しい、日常?」
そう、――この世界は、ほら、

――こんなに綺麗だから。

哀しいだろうし、つらいだろうし、――泣けばいい。死ぬほど泣けばいい。
けれど、僕は、
君に、いつか、どれだけの時間がかかっても良いから、
日常に戻って欲しい。
願わくば、その日常の中に、僕の姿があれば良かったとも思う。
「あるよ! 彰お兄ちゃんとの日常が、きっと――」

ありがとう。

やっぱり、初音ちゃん、すごく好きだよ。
――そして、唇に、何かが触れる感触。

さようなら。

初音は、夢から舞い戻った。――うたかたの夢。
夢は醒めた。
なのに、どうして?

「彰、お兄ちゃん?」

傍らにあった防弾チョッキも、サブマシンガンも、無かった。

そして、彰の姿も。

――風が、開け放しにされた窓から吹き荒れる。強い風が。
からん、と、音がした。
それは? 目を遣った初音が見たものは、彰の持っていた、小さなフォーク。
また、彰がいなくなってしまったのだと、気付いた。

――高槻は殺した。
後は、自分の親族を殺せば良いだけだ。
何処にいるのだろうか?
熱に浮かされた頭で、彰は懸命に考える。
何処でも良い、そんな事を脳は命じる。
何処かで見つけられるだろう。
何処かで。
足の赴くままに、彰は歩き始める。

少し狂ったようなまなざしで。

あてもない旅。けれど、終わりが何処かで来る旅だ。
止めるものは何もない。初音にも別れは告げた。

――だが、それを止める影がある。

「――行かせないよ」
声が聞こえる。深い、海の底のような、穏やかな音色。
「――耕一さん」
大柄で、逞しい腕を覗かせながら――耕一は、そこに立っていた。
「と云っても――君は、行くんだろうが。管理者をぶっつぶしに」
右腕には小銃。弾数がそれ程残っていないだろうサブマシンガンよりは、余程有効な武器だ。
「ええ」
肩を竦めて、彰は答える。
「俺が行かせない――そう、云ったら」
「通してください、と、頼みますよ」
云うと、耕一は、くすくすと笑った。
「止めるつもりなんか無い。ただ、ちょっと待って欲しいと思っただけだ」
「どういう――事、ですか」
「君は、自分の怪我の程を判っちゃいないようだ」
「もう治りましたよ」
「――完調じゃあるまい。その身体で、一人で、武装した兵士達と戦うなんて馬鹿げているよ」
「そうですね、馬鹿げている」
彰は自嘲気味に笑うが――耕一の顔は、真剣だった。

「だから、俺も付き合う。馬鹿は多い方が良い」

「――馬鹿げている。他の三人はどうするんです、あんたが守らないで」
「――これ以上、誰が彼女たちを殺しに来ると云うんだ?」
「それは、――そうですが」
もう、殺人者はいないだろう。それに、あの場所は意外に盲点になっていると思うから。
彰は、確かに反論が出来ない。

「初音ちゃんが云っていた」
――君が、新しい日常を、くれるんだ、ってな。耕一は呟く。

「君が生き残らなければ、それが一番哀しい事だって、判ってるか?」

「――結局、一人も二人も変わらないですよ。あんただって死んでしまうかも知れない」
「構わないよ。大切な人が三人死んだ。俺は、それの仇討ちだ。いなくなって悲しむ人は多くない」
寂しげな眼で空を見る。
それは、終わる物語の先を、覗いているかのように見えた。
「まあ、勿論死ぬつもりはない。――初音ちゃんが悲しむからな」
「ええ」

「脱出手段の捜索はあの三人に任せて、俺達は」
「――ええ」

「――これ以上人死にが増えない内に、全部終わらせよう」

「――ええ。犠牲は、あったとしても、僕達が最後であるように」
耕一は――肩を竦めて、笑った。
彰も、――笑った。

「行きましょうか」
「ああ」

七瀬彰と、柏木耕一は――肩を並べて歩き出した。
強い風が吹いていた。
何処へ続くとも知れぬ、冷たい風が。
何処に向かうかも知れぬ。
ただ、終わる物語を、正しく終わらせるために、
風の辿り着く場所へ向けて、歩き出した。


【柏木耕一 七瀬彰          ――管理者打倒へ向け、タッグ結成】
【鹿沼葉子 七瀬留美 柏木初音 ――市街地の一角で休息中】

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