迷い
何度となく駆けた林道を、軽やかに走る人影があった。
差し込む朝日は、木々に遮られて櫛のように、彼女の行く手を照らしている。
木陰と交互に投げかける光を、横目で眩しげに見ながら千鶴は呟く。
(今日も、快晴ね・・・)
朝日は青空を約束するように輝いている。
清々しい一日の兆しが、なんだか白々しく思えて悲しかった。
ほどなく、小屋が見えてくる。
たいして遠くはないから、当然ではあった。順調なら往復三十分とかからない。
むしろ耕一へ謝罪するのに要する時間の方が長いだろう。
少しばかり、しゅんとして戸口に立ったそのとき。
死体が、あった。
(刺殺!?これは・・・浩平くん!?)
血液が逆流する。
僅かな金属音を立てて爪を開くと、素早く姿勢を低くして小屋に張り付き、あたりを窺う。
遠目に死体を観察すると、傍らに長い長い髪が添えられていた。
(あれは…七瀬さん…ね…)
自分もそれなりの長髪だけに、その行為の意味は解らないでもない。
彼女の無念が、身に染みる。
きっと今では楓のような髪形になっているのだろう、そう思って…しんみりとする。
そんな気持ちをよそに、髪はそよそよと風に揺れていた。
小さく息をついてから、頭を強く振って気を取り直す。
静かに息を吸い、止めると同時に静かに扉を開いてみる。
反応はない。
音もなく進入し、階段を素早く上がると箪笥でカモフラージュされた戸口の前まで一気に
駆け抜ける。
そこで、千鶴は気抜けした。箪笥はずらされ、ドアは開いたまま。
部屋は、無人だったのだ。
(何者かに襲われ、それに追われて…?)
いや、全ての装備は運ばれている。
浩平くんの死から出発まではさほど慌しいものではなく、恐らくは逃げた襲撃者を追った、
というほうが正しいのだろう。
それは、どういう事かといえば。
30人を切った今でも、順調に殺人は続けられてるということだ。
迷う。
耕一と七瀬。
そして初音。
今、どこにいるのだろうか。
手掛かりは、何もない。
部屋の時計を見ると、時間はまだ、たっぷり一時間半以上残っている。
再びあてもなく、耕一を探しに行くのが正解だろうか?
それともやはり、一回戻って報告するのが筋だろうか?
そのとき、千鶴の迷いを断ち切るように屋内に入る人の気配がした。