命の教え
不可思議であった。
少女の肩には縛り付けられた布――往人の銃弾による傷によるものか。
そこから未だに出ている事だろう、血が布を僅かに紅く湿らせていた。
だが。
――血の臭いが、薄い。
血を纏わせ。
機械のように、表情一つ変えず。
問答無用で人殺しを行っていたあのマーダーは何処へ?
無論、完全に"やる気"が失せたわけではあるまい――
その右手に握られた銃がそれを如実に語っている。
銃口が往人の額を捉える事は、まだ、無かったが。
「殺しは、止めたのか?」
疑問。
少女の目が、往人を見た。
冷たい目。
「止める――止められるとは言いません。一度、このゲームに乗った以上は。
ただ、無駄な殺しは」
「……無駄な?」
「例えば」
すぅ、と右手が挙がる。
コルトガバメントの銃口が往人の額を捉えた――
「ここで引き金を引くような真似の事――です」
「………」
後ろでは。
恐らくは、晴子がその手に握る銃を少女に向けている事であろう。
人を殺そうとする想い――それが、殺気を起こさせる。
背中に伝わる、冷ややかな"何か"。
それが、それだ。
――分かりたくもない。
「人に銃を向けるような真似は関心しない――脅しとも取れる」
「―――」
「とりあえず、下ろしてくれ。後ろのオバサンに一緒に撃ち抜かれたらかなわん」
「居候――撃ち抜かれたいんか?」
失言だった。
腰を下ろせば、風が強い事が分かった。
張り詰めた精神状態で歩き通せば、そんな事すらも分からないという事か。
無論。
今、目の前に居る者に神経を集中せざるを得ない状況であるというのは、間違いない。
どうやらそれは、晴子にとっても同じらしい――当然だ。
晴子には、観鈴を守る義務がある。
それに。
観鈴が、いつ人質代わりにとられるか分かったものではない。
万が一、そうなったら――
「良い風ですね」
少女――茜と名乗った――が、何と無しに呟く。往人は返さない――
「――血の、臭いがキツくてしゃあない」
代わりに晴子が返した。
返事と共に、少女を睨み付けた――睨み付けたのは、目だけではない。
銃口。
「答え……何人殺った?」
臭い。
殺した者だけがその身に纏う、死臭。
それが分かるというのか――不意に、往人は哀しく感じた。
この親子だけは、血に染まって欲しくないと思うのに。
少女は。
時折、その顔を歪ませる。
それは、頭の中で殺した人の顔が浮かぶ故にだろうか。
知る由も無い。
「――七人」
じゃきっ。
「――止めろ」
「黙っとき、居候」
「もう一度言う――止めろ」
「――黙っとけ言うんか――こんなけったくそ悪いゲームに乗ったクズ目の前に置いて、黙っとけ言うんか!」
「――観鈴の前で、殺す気か」
横を見る――怯えている。
目の前の少女に?
――否。
隣に立つ――自分の"母親"に。
「くっ……」
「――殺すというのなら、構いません」
「!?」
銃を向けられた少女の声。
その声は、この状況に於いて、尚、冷ややかに。
「ただ、黙って殺されるわけにはいきません――約束ですから」
「――っ!」
気が付けば。
コルトガバメントの銃口は、観鈴を捉えていた。
これでは、撃てない――!
「精一杯、生き残るんです――例え、あなた達を殺してでも」
観鈴は――今度こそ、目の前の少女に怯えていた。
自分に向けられた銃口。
そして、恐るべきことに、全くと言っていいほど、それに殺意が感じられない事に。
「………」
無言。
晴子は銃を下ろした――同時に、茜の銃口も観鈴を放した。
それでも。
睨み付ける視線は、殺意を帯びている――。