断罪(後編)


[Return Index]

「実際は、一部わずかに禁止区域があることを告げなかった俺達が悪かったんだが――」
まあ、それも罪のうちだな、言い訳にはならない。と呟く。
「本当は、な、祐介。俺達に、その少女――天野美汐を助ける権限なんてないんだ。
 たとえ、伝えてなかった禁止区域に触れた少女が、それで瀕死になったとしても、救済措置なんて、ない」
また、煙草をもみ消しながら、3本目の煙草に手を伸ばす。
「血を流したまま気絶していた彼女を助けたのは――俺の、独断だ。俺に出来ることはここまでだった。
 これ以上は、問答無用で消去されてしまう――というか、もし気付かれたら今の行動でも――お前を
 保護したことも含めてだな――俺は用済みとして処理されてしまうだろう。高槻のように――な」
紫煙が舞う。すでに閉めきられた空間は視界がかすむ程の煙に包まれている。
「高槻は、死んだよ。全員な」
最後に、そう付け加える。祐介に、動揺はなかった。
高槻が死んだことにも、『全員』という単語にも、反応はしない。
「止血して、見つからない程度の森の中に移動させるのが精一杯だ。
 それに、残念ながらあの少女も――」
生き残ることはできないだろう、と告げる。
「一応、念の為に、これは取っといたがな」
ポリ袋の中に、大量の氷と、手首。
「特殊なポリ袋だ。中はクーラーボックスになっている。この中の氷が解けることは2、3日はあるまい」
「……」
「このゲーム、日和見でいられる程甘くはないぞ。
 かつて開かれていたゲームでも、同じように反抗した者達がたくさんいた。
 だが、いずれもすべてたった一人になるまでゲームは続けられた」
例外で、前々回の優勝者、水瀬秋子が本当の高槻を惨殺した位のものだ――と、源一郎の言葉。
「だから、お前はここにいろ。ここにいれば、安全だ、少なくとも、お前はな。
 ここだけは、この禁止区域だけは、俺が絶対の存在だ。俺がここにいる限りは」
なにせ、この施設には俺しかいないのだからな。と自嘲気味に笑いながら――
ふう、と、溜息を漏らす。煙も一緒に漏れた。

「ゲームが終われば、遅かれ早かれいずれはバレるだろう。
 バレたら、死ぬ。俺がな。だが、お前は大丈夫だ。ここにさえいれば。
 参加者は何をしたってルール無用、バレたところで生き残るために俺を利用したということで受理されるだけだ」
源一郎の、選んだ道だった。
「お前を保護できたのは奇跡に近い。爆弾兼発信機がなかったのだからな。
 もう、死んでいるかもしれない、とも思った。それは、彰もだがな」
運がよければ、彰もここに迷い込むだろう、とも言った。
「俺がこんなことを言うのは憚られるが…命は粗末にするな」
軽く笑いながら、それでも目は真剣だった。
「………………俺が、憎いか?」
「……」
祐介は何も言わない、何も答えない。
「無理にとは言わん。お前にも思うところがあるんだろうからな。
 お前が自ら選んだ道なら、信じて進む道なら、俺に止める権利はない」
反応こそないが、祐介の視線はずっと叔父の顔に注がれていた。
ただし、どこか遠くを見ているように、その瞳には何も映していないようにも感じられる。
それほど、祐介は無表情だった。
「俺にできることは、ここまでだ。あとは、自分で考えて、自分で決めろ」
再び机に向かいなおし、何らかの書類に筆を走らせはじめた。
それを最後に、あたりを沈黙が包みこんだ。



僕は、必ず天野さんを守ろうと、決めた。
だけど、手首だけの天野さんが、僕に優しく笑いかける。

   ソレハゲンジツ――

守れなかった。
今、僕はここにいる。こんな場所にいる。
瑠璃子さんが言った。

――長瀬ちゃん、才能あるよ。
僕に、そんな才能はないよ。
――でも、来てくれたじゃない。

   ドコニ?

僕に、電波は感じられないよ。
ここに来たのだって、偶然だったんだ。

   ココッテドコダ?

――偶然でも、来てくれたから、きっと通じてたんだよ。
僕に……そんな力はないよ。
――あるよ、長瀬ちゃんには。とびっきりの強い力が。
瑠璃子さんが、僕に何かを手渡した。
僕の、新型爆弾。体中を電波が駆け巡る。

   ソレガ――ゲンジツ

沙織ちゃんが言った。
――本当は、みんな狂っているのかもしれないね。退屈な日常に。
  もう、先が見えちゃってるじゃない?学校行って、卒業して、就職して、働いて…
  みんな、刺激を求めているのかもしれない。
狂っては、癒して、狂っては癒して。その繰り返し、
退屈な現実から、何かの刺激を求めて。

   ソレガ――ゲンジツ

彰兄ちゃんが言った。
――日常は、そこを日常なのだと思えば、きっと、そこが日常なんだ。

この島の現実。みんな、刺激を求めているのかもしれない。
狂わないように、退屈な日常から、逸脱した狂ったゲームを。
天野さんも、彰兄ちゃんも、非日常の中に刺激を求めて、日常に変えた。
魂が、癒される。
体内を駆け巡る、電波で。

たいくつで、つまらなくて、それでも、優しかった日常、
そして、島と心の狂気の狭間で、ボクハユレル。

天野さんが言った。手首のない天野さんが、手首になった天野さんが言った。
――私は長瀬さんを信じます。今度こそ、最後まで……
  ――私は長瀬さんを信じます。今度こそ、最後まで……
    ――私は長瀬さんを信じます。今度こそ、最後まで……

   ソレガ――ゲンジツ。
   それが、現実だ。



ゆらりと、祐介の体が揺れた。ゆっくりと立ち上がる。
「………」
「やはり、行くのか。祐介」
源一郎は、机に向かったそのままの姿勢で呟く。
「自分で決めたなら、そうするといい」
どんな表情をしているかは分からない。だが、軽く溜息をつきながら。
「本当は、生きていてほしい。祐介、何かあったらいつでもここに来い。もちろん一人でな。……待っている」
再び、もう何本目か分からない煙草に火をつけた。
「ふぅーー……煙草は、死んでもやめられんな」
祐介が、叔父の真後ろに立つ。

「……それが、お前の答えか?」
源一郎の首に、巻きつけられた細いワイア。斬鋼線とも呼ばれる糸。
「……」
「俺の、罪だからな。いつかは、ケリをつけなきゃならん罪だったからな。
 いつか誰かに裁いてもらわなきゃいけない。
 お前が選んだ道ならそれもいいだろう。
 ただな……」
すっ…と源一郎が息を吸った。煙草の火種が、一際明るく輝く。
グッ…ほぼ同時に、首に糸が食い込む。血が、垂れた。
「お前は、泥をすすってでも生き延びろ。たとえ、つらくても…な。
 身勝手かも知れないが、それが――」
俺の願いだからな。

吐き出された紫煙と共に、鮮血が、舞った。

祐介が、目の前のピンと張られたワイアを見つめている。
それとも、その先のどこか遠くを。
張られた糸の真ん中から、付着した血が小さな玉を作って。

血溜まりに一つの雫が跳ねて落ちた。その音が、ひどく切なく響いた。

燃える施設。
地面の墓石の横、地下への入り口から煙が立ち昇る。
その中から一人の少年。
無表情、そのままに。煙たさも見せず、咳き込みもせずに。
手には、銀色のワイアと氷詰めの手首。
「……」
あたりを見渡す。

特に何もない、特に感慨はない。
傍から見れば、そんな表情にもみえた。
あるいは、あまりの悲しみに何も感じられなかったのか。


一度、手の中にある氷漬けの手首を見つめて。
ゆっくりと、歩き出す。どこかに向かって。
地下から、黒煙が立ち上り、やがて消えた。


【長瀬祐介 氷詰めの右手首入手】
【天野美汐 どこかの森の中で気絶中】
【長瀬源一郎 死亡】

[←Before Page] [Next Page→]