残された者達
――遅い。
男性のトイレがどれだけ長いかなど知る由も無い(知りたくもない)が、
それでもこれだけ遅いのはどういうことか。
30分は経っているかもしれない。
しょうがない。そう呟いて、七瀬留美は外へ続くドアを開けた。
―――。
それから10分。
市街地の中を走り回る姿。
探し求める姿。
だが、探せどもその姿は見つからず。
――そう、耕一は何処かへ行ったのだ。
三人を置いて。
「あのバカ……!」
走りながら、ぼやいた。
どうやら、耕一は「バカ」と認識されたらしい。
しかしそれは、同時に、慣れてきたということか。
そう。
浩平もそうだったのだから――。
その後もしばらく探し続けたものの、見つかる事は無かった。
はぁ、と深く溜息を付くと、とりあえず二人の下へ帰る事にした。
ドアを開く。
出迎えたのは――
「お姉ちゃんっ!」
――と、悲痛な声。
初音の声。
その顔を、涙でぐしゃぐしゃにしていた。
「お姉ちゃん、彰お兄ちゃん、見なかった!?」
「彰くん……?今、寝てるところなんじゃ」
「違うの――」
息を吸い込む。時折、しゃくり上げながら。
「居なくなっちゃったの……私が、寝てた間にっ」
「……彰くんも?」
何という事だ。
あの二人は、か弱き乙女を置き去りにして何処かに行ったというのか?
――初音は。
混乱した頭の隅に、辛うじて七瀬の呟いた言葉を引っかけた。
そう。
彰"も"と言ったのだ。
「耕一お兄ちゃん、も?」
はっ、とした声。
しまった。失言だった――
ああ、もういい。七瀬は開き直る事にした。
「そうよ。どーもおかしいと思ったら、彰くんと一緒にどっか行ったみたいね、あのバカ」
「………」
耕一と、彰。
何の為に出ていったかなど、彰の行動を考えればすぐに分かる。
取り分け、初音はそれなりに頭の回転が速かった。
落ち着いた。少なくとも、「バカはいくらなんでもひどい」と考えられるくらいには。
――耕一は、彰を止めようとした?ならば、何故居ないのだ。
答えは簡単だ。
引き留める事は出来まい。ならば、少しでも負担を少なくしようと。
――耕一お兄ちゃんは、優しいからね。
そんな事を思った。
「探そう」
「へっ?」
初音の呟きに、忌々しげにぼやいていた七瀬が頓狂な声を上げた。
「探そう――ほっといたら、彰お兄ちゃん、死んじゃうよ」
「―――」
七瀬留美は思い出す――自分と同じ名字の男の、怪我の具合を。
見た目の凄さとは裏腹に、怪我自体は比較的大した事は無かった。
取り返しの付かないものも無い。
しかし――失血が酷い。
ここに来てからそう間も経っていない。体力が回復出来るわけがない。
その上で出ていった――
なるほど。死ぬ気に違いない。
ならば尚更、耕一の行動は怨めしい。
何故、止めなかった?
――ったく、バカね。
そんな風に思った。
「でも、どうするの?いくらなんでも、葉子さんは動かせないわ」
「――うん」
後ろのドアを見やる。あの奥では、葉子が休息を得ている筈だ。
腹を撃たれた。場合によっては、死に至る危険性もある。
無闇に動かせば、傷が悪化する。
しかし。
目覚めて、一人だったとしたら――どうするだろう。
眠りに落ちる前の行動を思い起こす。
慌てて起き上がろうとした――
起きて再びそれを行わない理由など無い。
どうする。
どうする?
「――葉子さんが起きるまでは、待機ね」
「そんな!」
悲痛な声。何と痛々しげな表情。
悪い事をしたつもりでないのに、悪い事をした気分にされる。
ある意味凶悪だ。
「分かってる――だけど、そんなすぐに死に急ぐとは思えない。
バ――ああ、いや、耕一さんもいるしね」
「―――」
「……ここは、お兄さんを信じてあげましょ。ね?」
そう、優しく説き伏せる姿は、まさしく乙女。
――あたし、保母さんになろうかしら。
内心はこれであったが。
乙女の道は、遠い。
【七瀬留美
柏木初音 鹿沼葉子が目覚めるまで待機】