学校で〜回想〜
ただ、震えていた。恐かったから。
誰もいない、学校で。
「うぐぅ……」
帰りたい、無事に。
わけが分からなかった。ただ、震えるだけ。
「うぐうぐ…怖いよ…ほんとに……」
その声は震えていた。
(ボクは、もう、死にたくない。せっかく…また祐一くんに会えたのに…)
『もう』の意味に気付かないままに。
だけど、
――殺して、生き延びろ――
そんなこと、あゆに成せるはずはなかった。
じゃあ、生き延びる為にはどうしたらいい?
その疑問にぶち当たる。
(誰かと、一緒にいれば大丈夫だよね……)
だけど、その後、どうする?
たった一人しか生き残れない…その現実に。
震えながらも、あゆは一つの結論を導き出した。
(ずっと、最後まで誰か強い人といれば…助かるかな?
ボクは、ボクが手を汚すのは最後だけでいいのかな……?)
あゆの知り合いであったとしたら、それは無理な相談だ。
あゆに、秋子や名雪や栞、そして祐一を殺せるはずがない。
(だけど…知らない人だったら?)
秋子や、祐一が死んで。
最後まで生き残った人が、知らない人だったら…
(会いたい〜あいあいあい……♪)
違う。あゆはその浮かんだ考えを打ち消した。
(ころす…の?)
生きるためには。
誰かに殺されるのは、恐い。
だけど、本当に恐いのは、誰かを殺さなければならないという事実だった。
(つっかもうぜっ♪ドラゴン……)
違う、しかも古い。あゆは頭を振ってその考えを打ち消した。
(マイクじゃ心細いよ……)
マイクを持っているとつい歌いたくなってしまう。
でも、少しだけ恐さが薄れたかもしれない。
(何かないかな…いい方法。助かる方法)
あゆもまた、助かる為に、殺す方法を考えていた。
(うぐぅ!?ボク今何を……)
ぶんぶんと頭を強く振った。
(なにか別のことかんがえなくちゃ……たいやき……)
必死で違うことを考えた。恐い考えにならないように。
(まっいっにっちっまっいっにっちっぼくらは鉄板のっ……)
「うぐぅ…」
駄目だった。
「うぐっ…」
また、別の楽しいことを考える。
(汽っ車は〜闇をー抜けてぇ〜ひか〜りの〜うみへ〜)
今度はバラード調だった。
(――――ける〜だろぉ〜……きぃっといつかは君も出会うさぁ〜あっおい〜こと〜りにぃ〜)
しかも歌い切ってしまった。
「うぐぅ…」
これだったらまだ真面目に考えていた方が建設的かもしれない。
(考えるだけなら…大丈夫だよね?)
マイクをしまって、あゆはひとつ大きく息を吸った。
(ボクに、人は殺せるの?)
最初は誰か信頼できる人――たとえば秋子や祐一――と一緒にいればいいだろう。
だけど、その後、どうするんだろう。
最後の一人だけが生き残れる。
最後に殺されるなんてまっぴらだった。
だからって、自分に人を殺せるのか。
そんなことできないかもしれない。
そんな度胸も、力もない。武器もマイクだ。
(ボクって、汚いかな…)
最初は、守ってもらって、その後、生き延びることを考える。
すごく、自分が嫌な女の子に思えた。
その時、廊下の方で声が聞こえた。
――大体保健室なんていうのは、一階ににあると相場が決まっているものだよ
――そうなんでしょうか……
(うぐぅっ!?)
罪悪感の為、薄れていた恐怖がのそりと頭をもたげる。
知らない人達の声。
(……殺される…殺される……!!)
半狂乱状態になりながらも、必死で口を両手で押さえた。
声を出さない自分を誉めてあげたい。
心のどこかでそう思えるってことは結構余裕はあるのかもしれない。
ガラリ…と、ドアが開く音。
隣の、教室だ。
(うぐぅ…恐い…)
物音を立てないように、机の下で必死に丸くなる。
ややあって、また声が聞こえる。
――……変な格好をした黒尽くめのお人良し。そう、覚えてくれればいいよ。
(……!!)
えぐえぐと、顔を歪めながらぎゅっと目を閉じた。
見つからないように、必死で押し黙る。
カツカツカツ……遠ざかる足音。
・
・
・
(いなく、なったのかな?)
きょろきょろと、あたりを見回す。
(今のうちに……)
ゆっくりと、机から這い出て、廊下をちらちらと覗き込む。
誰も、いない。
もっと、安全な所へ。
たまたま見つからなかったけど、今度は見つかるかもしれない。
違うところへ行こう……
あゆが、そろりそろり…と忍ばせながら廊下を進んだ。
そして、曲がり角……
ヒュン!!カツーン……!!
「………っ!!」
あゆの眼前、数センチの所を風がよぎった。
「うぐぅ!?」
目の前の壁に、ボウガンの矢が突き刺さっている。
「ひぐぅっ!!」
飛んできた方向、向こうの角にいた人物。
「ち、はずしちまったか…のらりくらりタイミング悪く歩いてんじゃねーよ」
「うぐぅ〜!!」
藤田浩之(077)。
あまりの恐怖は、思考能力を低下させた。一気に踵を返して、階段を駆け上がった。
「逃がすかっ!!」
浩之もまた、その後を追った。
(うぐぅ〜!!)
何も考えられない。本能だけが動いていた。
ただ、廊下をがむしゃらに走る。
たいやき屋の親父に追われていたときの方がまだ余裕があった。
「死ねよ!」
浩之の、ボウガンが再びあゆを襲う。
グッサリ。背中に刺さる。
いや、正確には羽根のついたリュックに。
止まらないあゆ。
「手間取らせんじゃねぇよ…!!」
仕留めたと思った浩之の顔が再びめんどくさそうに歪んだ。
「くそ、どっちだ?」
突き当たりの階段、あゆの姿はもう見えない。
「上か?」
下であれば無理に追う必要もないだろう、学校外にまで逃げられた場合、追うのは面倒くさい。
さらに、窮鼠猫を噛むという言葉もある。
「上に行くか……」
上ならば、下よりは追い詰められる可能性が高い。
あたりに気を配りながら浩之は3階へと、進んだ。
1階。
(うぐぅ〜!!)
迷わず教室に逃げ込んだ。
外に逃げるという手段もあったが、本能が隠れてやり過ごしたかったのだろう。
(………うぐっ!!)
「……あれっ…誰…ですか?」
保健室だった。
白いベッドの上、あゆと同い年位の少女が驚いたように、それでも落ち着いて、聞いた。
「ひぐぅっ……!!」
立川郁美(056)。
あうあう、とへたり込む。
(うぐぅ…)もう駄目かもしれない…とあゆの本能が感じ取った。
「だ、大丈夫……ですか?」
郁美があわててベッドから降りて、あゆのもとへと走る。
「うぐぅっ!!」
しりもちをついたまま、手の力だけで後ずさる。
その時、手に触れた物…先程リュックに突き刺さったボウガンの矢。
「あの…落ち着いてください……」
(うぐぅ〜!!)
殺される……!!無我夢中だった。
手に握った物を、前方へと振り回した。
とすっ……
「えっ……?」
郁美が、一歩、二歩と後ろへと下がる。
何かの液体が染みだす音と共に。
ゆっくりと、腹のあたりに刺さっていたものが引き抜かれる。
カランッ……金属音が響いた。
「……ひぐぅっ!!」
郁美の歩みは、ベッドにぶつかって、そこで止まった。
そのまま、後ろへと倒れこむ。
「うぐぅ〜っ!!」
何が起こったのかも分からずに、ボウガンの矢を拾うとその場を走り抜けた。
(うぐぅっ!!)
ただ走る、廊下を。
――ダンンッッッッ!
どこか、上のほうで銃声が響く。
(……っ!!)
今度は、迷わず学校を飛び出した。何も考えることもないままに。
「……はあ、はあ……」
学校を飛び出して、がむしゃらにはしって、どのくらい経ったのだろうか。
今はただ、小さな茂みの中に身をひそめて震えていた。
ようやく、思考能力が正常に戻ってきた。
それと同時に、忘れていた恐怖も蘇ってくる。無尽蔵に体が震え、がさがさと茂みが揺れた。
襲われた恐怖、殺されそうになった恐怖…
そして……
(ボクが…殺し…た?)
その事実が、あゆの体を一番に震えあがらせた。
先程まで殺す、殺せない…などと考えていたバチだったのかもしれない。
手の中に握られたボウガンの矢を、見つめる。
手が硬直していてうまく外れない。
もう片方の手で、こじ開けるように、指を開く。
殺されるところだった。男と、女の、二人組に。
殺さなければ、死んでいたのはあゆだったのかもしれない。
(本当に殺人ゲームなんだ…生きていたらいつかは…)
恐ろしい考えが頭の中をよぎる。
(ボクも、いつかは誰かをまた殺すんだ)
死ぬのは恐い。
秋子や、祐一と一緒にいても、いつかは自分は彼らを殺してしまうのかもしれない。
――今みたいに。
(な、なにか別のことを考えなきゃっ……!!)
あゆは、忌まわしい矢を投げ捨てると、その気持ちを振り払って別の思考を巡らせる。
――人って、簡単に死ぬんだなぁ…――
あゆの頭に浮かんだのは、そんなつまらないことだった。