才子。


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――歩き始めてしばらくしてから、耕一は息を吐いた。
高槻を殺し、後は、長瀬一族――彼らを殺せば良いだけ、の筈なのだが、
そもそも、彼らは何処にいる? この島の付近にいる事は間違いないはずだが。
見晴らしのいい場所? それとも、別の場所?
考えながら、耕一は呟く。
「何処、行こうか」
「そうですね……」
彰も答えられない。彷徨い歩く事、効率は良くない事は判っている。
何処か、目星を付けなければ、

――眩暈。

「大丈夫か?」
「――大丈夫です」
二時間か少し眠ったとはいえ、それでも完調に至るわけがない。
血は多く流れている。どうしようもないくらい多く。
「いや、やっぱり休んでいこう」
「大丈夫ですよ」
ムキになる彰を諭すように両手を広げ、耕一は薄く笑った。
「別に君のためじゃない。これから何処に行くかを考えなくちゃいけない、まあ、二人のこれからの問題だな」
彰は小さく息を吐く。明らかに不満げな色を見せる彰に、少し低い声で耕一は云う。
「格好付けるなよ。満身創痍で、無理をして戦って、それで死んだら、それを格好付けてると云うんだよ。
 映画やなんやでは、ハードボイルドっていうのか? 血を流しながら、それでも戦う姿は、確かに格好良いよ。
 けどさ、今、この場合に置ける格好良さって云うのは、少しくらい時間を食ってでも、あまり無理をせず、
 戦って――生き残る事だろうが。まあ、それを云うなら、もう少しあそこで休んでからでも良かったんだが」
――判っている、と、彰は呟く。けど、
「判っているならほら、そこの木陰で休もう」
耕一はそれより先を云わせず、彰の手を牽いた。
彰は息を吐きながらも――耕一の言葉に従う事にした。
自分とは同年代と思えぬ逞しさだ――少し、羨ましい。彰は思った。

「まず――俺達は考える事が必要だ。主催者がこの近くにいるのだ、という事はまず、前提だ」
森の中、昇った太陽が眩しい。巨大な岩の影に座り込むと、耕一は喋りだした。
「近くにいなければ、まあ、どうしようもない」
「――奴らは、必ず、少なくとも数人は、この島の何処かにいるはずだ」
彰は断言した。その強気に不思議な反発を覚える。
「どうして判る? 例えば、非常識だが、上空から衛星を使ってカメラで監視している、っていう可能性だってある。
 脱走者がいれば、爆弾を爆発させてしまえば良い。爆弾を解除した、とは云え、体内に爆弾はあるんだから――」
そこまで云って、――前にあった時、彰が云った言葉を思い出す。
「爆弾は、決して爆発しません。僕が、爆破装置を破壊したから」
彰は少し笑って云った。
「――それは、本当に、本当なのか?」
「まあ、僕は見かけが貧弱だから、信じられないかも知れないですけど」
「いや、信じる、信じる――そうか、それなら」
「そう――喩え監視を、上空からするにしろ、逃げ出したら、上空からではそれを止めるのは難しい。
 ミサイルかなんかでもあれば別ですが、これにも勿論、反論がある。
 上空に、そんな大がかりなものがあると、仮に仮定しても、です。
 こんな殺し合いは、倫理的に見て、当然間違っている。どんな人間だってそう思うし、
 アメリカにしろロシアにしろ、これを止めようとする国は確実にあるでしょう。
 にも関わらず、それが今まで無かった。――これを止めようとする国が。
 この殺し合いのスポンサーがどうであれ、一つの国を超える力、そんなものがあるとは考えにくい。
 圧力を掛けて、殺し合いをするのを許容せよ、と云って、それで許容する程、アメリカは弱くないでしょう。
 じゃあどうして誰も助けに来ないのか? 決まっている、そもそもこの殺し合いがあるのだ、という事実を、
 アメリカやロシアは知らないわけだ、と考えるのが自然だ」
饒舌に喋る彰。熱に浮かされて喋っているにしては、あまりに理路整然としている。彰は続けた。

「つまり、その監視用航空機は――レーダーに映らない、特殊な、僕は詳しくは知らないんですが、
 ステルス? とでも云うんでしょうか、そういう形態をしている、と考えられる訳です。
 だからこそ、ミサイルは撃つ事が出来ない。脱走者に向けてミサイルを放てば――レーザーでも、
 とにかく、上空から人一人を狙って殺せるような形態の武器であれば何でも良いんですが、
 ――明瞭とした自信はありませんが、そう云うものを使うと――きっと、この馬鹿げた殺し合いが、
 ここで行われているのだと、何処かの国は勘付いてしまうでしょう。それでゲームは終わりだ」
「だから――島に、管理者がいる必要があるわけだ。泳ぐなり、筏を作るなりして逃げようとする参加者を、
 この島の何処かから、殺さなければならないから」
「そう云う事です」

そもそも、と彰は続ける。
「――上空から監視、というのは――実は、そこそこに馬鹿げた事だとは思いませんか?
 上空で、確実に安全な場所で、鑑賞ならともかく、監視。それに、確実性があるとは思えない。
 だから、もっと確実な方法がある。発信器を、体内ばくだ――」

――その時、思い出したかのように、彰は呟いた。

「――待てよ? 確か、あの時、僕は――おかしいぞ、どうして、僕は、生きている?」
目を見開いて、彰は――何か、希望のような光を、見た。そんな風に見えた。
「ど、どうした? 何か」
「発信器が、生体センサーが体内爆弾に付いているのだとしたら――そうか、そうだ――!」

「僕は、最初から死んでいたんだ!」

――意味が、判らなかった。熱で頭がおかしくなっていたかも知れないと――そう、思った。
「耕一さん! 僕たちは、僕たちを殺せるんだ!」
「な、――何を」
「そうか、僕がまだ生きている意味が分かった。少なくとも、僕の中には、最初から爆弾がなかったんだ。
 ――そうか――他には――多分、僕と祐介には、最初から無かった筈だ、つまり、僕と祐介が、――そうか!」

「訳が分からない、説明してくれ、彰くん」
興奮した様子の彰は、はっとしてこちらを見ると、まだ興奮さめやらぬ、と云った体だ。

「すいません――今から説明します。ああ、そうか、そうだったんだ。
 ――高槻が、僕たちの身体の中に爆弾を入れていたのは多分、事実です。
 そして、その爆弾には、生体反応センサー、いわゆる――生死を判定する装置、
 そして、現在位置を捕捉するセンサーが、少なくとも備わっている、と考えられます。
 体内に仕込んでおいて、更に、吐いたら爆発する、としたならば、誰がそれを吐こうとするでしょうか?
 それで、僕たちは管理者にすべての情報を吐き出していたわけです。
 そう考えると、色々な事が考えられる。
 僕は爆破を操作する装置を破壊した。結果、吐いても、爆弾は爆発しなくなった。
 どういう意味か、判りますか?」

「――まさか」
「爆弾が体外に出れば、どうなります? そう――その吐いた人間は――」
「――死んだ事になる」
「そして、管理者側に捕捉される事もなくなる、というわけです」
それで、きっと――戦える。おそらく、圧倒的に有利に。何処に敵がいようとも。
彰は、強く、強く言った。
思わず身震いをした。
この、自分とそう変わらぬ年齢の青年は、恐ろしく賢かった。
これ程までに、同年齢で差が出るものなのか?
思わず、溜息を吐いて――目の前の青年に、畏敬の念を払った。

だが、耕一は逡巡する。
今、自分が爆弾を吐けば、初音達は――どう思うのだろうか?
特に、初音は、――これで、親族を全員失ってしまったのだ、
という、そんな苦しみを――体験せねばならないのだ。
一旦戻る、と云う手もあるだろうか? だが――

「そうか――叔父さんは、僕たちに、そう云うつもりで――」
彰は、フランクの顔を思い出す。
高槻と対峙し、確かに奴は、自分の爆弾を爆破させた。
なのに、自分は死ななかった。――つまり、自分の体内には、
最初から爆弾など入っていなかったと云う事なのだ。
爆弾も入っていなかったのなら、――僕は、最初から、死人扱いだったのだ。
それこそ、上空からなり、自分だけが監視されていたのだ。
思えば、あの、爆破装置へ向けての突破も、――爆弾が入っていれば、確実に失敗に終わっていた。
どうしてなのだろう? 何故自分には、爆弾が入らなかったのか?
理由は判らなかった。

――けれど、推量は出来た。

きっと、彼らは、自分に、祐介に――止めて貰いたかったのだ。
この、どうしようもない、くだらない戦いを。

判っているのだ。彼らも、この戦いがくだらないものだと、――判っているのに。


【七瀬彰 柏木耕一 作戦会議。爆弾についての考察完了。序でに少し休憩中】

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