つかの間の平和


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「ボディチェックよ」
唐突に郁未はそんな事を言い出した。

「え……」
髪を解かされているときに眠ってしまったのか
驚いた様子の少年、だがそんな彼に郁未は容赦なく――。

「涼しい顔してるけどさ、そんな無茶なことしてたんだったら、
 どこかに傷を負ってそうなものじゃない?」
そう言って、少年の服に手を掛ける。

「い、いや、いいよ僕は……」
いやいやする少年、だがそんな彼に郁未は容赦なく――。

「良くないわよ。
 そう言うこと言う人に限ってなんか深い傷を負っているのを隠してたりするのよね。
 心の中で悲劇のヒロイン演じられても困るだけなのよっ」

「い、いや、僕は男だし……」
座っていながらも後ずさりする少年、だがそんな彼に郁未は容赦なく――。

「逃がさないわよぅ……。
 人が折角ボディチェックしてやるって言ってんだから、
 甘んじて受けるのが礼儀というものでしょ!?」

「い、いや、それは何か言葉の使い方を間違っている気が――」
引きつり笑いしながら突っ込みを入れる少年、
だがそんな彼の言葉に耳を傾ける様子もなく、
心持ち目に怪しい光を灯した郁未は容赦なく――。
「問答無用!(きゅぴーん!)」
「きゅぴーん!ってなんだぁぁぁああ!!」
静かな森に、少年の悲鳴が木霊した。


――そんなことばっかりしてるから痴女呼ばわりされるんだ、とは
例え知っていても口が裂けても言えない少年だった……。


「しくしく……もうお嫁に行けない……」
「そんなこと言える茶目っ気があったのね……」
ジト目で睨む郁未。
「あ、いや冗談」
少年はすぐそのセリフを撤回した。

少年の悲痛な叫びも空しく、郁未は見事に上着を引っぺがしていた。
引き締まった肉体は、その幼顔には全く似つかわしくないものであった。
そこには銃撃を受けた傷も見られなければ、刃物で刺された後も無かった。
――気になったところは、2点。

「返り血の割に傷は少ないわね、でもここはちょっと……」
少年の後ろ肩を優しく撫でる。
丁度その部分は、他と比べて赤くはれ上がり、明らかに打撲傷であることが明白だった。
「……ああ、そこか。マシンガンで殴られたところだね」
郁未は少し心配そうに眺めている。
「でも骨には異常は無い……と思う。不幸中の幸いといえばまあ……ね」
ムチウチにはなるかもしれないが、と心の中で少年は付け加えた。

「……えいっ」
郁未は、その腫れている部分をグーで殴った。
「あぐっ!」
……当然、少年は痛そうに呻き声をあげる。
「……あのー、郁未さん? 一体何をなさるんでしょうか?」
「やせ我慢チェック」
あっさりと郁未は言った。
「……は?」
「また痛くない振りされても困るしね」
そりゃそんな強さで殴られたら普通は呻き声あげるさ、とは思っていながら
やはり口には出さない少年であった。

「……痛い」
「……ごめん」
郁未は素直に謝った。

「……でも、完璧に運動を阻害されてはいない。
 痛いけど……我慢すれば、普通に動ける」
「……そう」

そして郁未は別な部分に目をやる。
そこは気になった箇所のもう一つ――腕であった。
ところどころ血が吹き出して、それが自然に収まった跡がある。
これは――。

「――どういうこと?」
郁未は尋ねた。
少なくとも、……これは外傷じゃない。
「……ちょっと無理したみたいでね。血管が破裂したのかな?」
事も無げに少年は言う。

「――全く、どうしてこう無茶をするのかしらね?」
あきれたように郁未は言った。

「――とりあえずこっちの方は大丈夫そうね。血も止まっているみたいだし……」
少年の腕をさする。
――今度は流石に叩くような真似をしない。
「……急いで処置しなきゃいけなさそうな傷も無さそうだし、
 ここで治療できるものも無さそうだな。
 ――そろそろ服を着ていいかな?」
少年は郁未に尋ねた。
――が、当の本人はそれを聞いていない。
……なにやら……少年の腕をさすり続けている。

「……郁未」

さすりさすり。

「郁未」

さすりさすりさすりさすり。

「郁未〜〜」

さすりさすりさすりさすりさすりさすり。

「おーい」

郁未の顔の前で手を振る。

「―――――――――――――――――ハッ!?」

驚いて、郁未は跳びずさった。
少年の顔を見ると、気まずそうに恥ずかしそうに何かをごまかすように笑った。

「――郁未」
「ハ、ハイッ!?」
少年はまっすぐ郁未の目を見つめながら言った。

「――そんなに僕の腕の艶がうらやましいかい?」

スパンッ! と言う音がふさわしい勢いで、郁未は少年に突っ込みを入れた。

「あたた……冗談だよ冗談」
「全くもう……」
顔を紅くして、郁未は自分の手の甲をさすった。

――やっぱり、恥ずかしいのは郁未だけだった。

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