霞
全てが夢であればいいと思った。
目覚めた時、私は自宅のベッドの上で目を覚まし。
少しおかしな夢を見ていただけだったのだと――
「真琴?」
――ええ、私の友達なんです。
海。
夕暮れ――いや、明け方の海岸。
朝の淡い光の差し込む海岸。
何故か、少女は此処に居た。
隣に立つ――見てはいないが――少年の気配は。
酷く優しげで。
自分を捨てる事で、他の全てを救おうとする――
そんな優しさ。
それを何処かで得た少年。
得る事になってしまった少年。
――でも、何処で?
――随分とわがままで……いつも祐一さんを困らせてるそうです。
「祐一さんっていうのは……確か、天野さんの友達だったっけ?」
――はい。
砂を踏み締める。
じゃり、という微かな音。
確かめる――これは現実だと。
――コレハゲンジツ。
なのに。
どうして、目の前の朝日が眩しくないのか?
――"これ"が終わったら――まず、会いに行こうと思って。
「これ?」
――あれ……。
――これって、何でしたっけ?
困ったような、苦笑するような。
そんな感じの笑みを、隣に立った少年は浮かべた――筈だ。
少年――祐介が、立ち上がる。
ふわりと、肩に手を置いた。
――酷く、冷たい手を。
「――天野さん」
――はい。
「君は――その、真琴って子に会いに行かなきゃいけないんだよね?」
――はい。
「だったら――。
ゲームに戻った方がいい」
突然、消えた。
先程まで感じていた筈の――そこに在った筈の人の気配が。
振り返る。
――居ない。
いや、いる。
否、"あった"。
右腕だけが――
――ひっ……!
「……さぁ」
酷く冷たい声――。
ざぁっ――
風が巻き起こる。
消える。
消える。
先程まであった筈の景色が。
そこにあった筈の人の気配が。
身体が。
そして広がる――紅。
深紅。
血のような――
ぎっ。
全身が絡め取られるような。
いや、違う。
――ピアノ線?
祐介、さん?
――あ……い……い、あぁ。
もはや声にもならぬ声。
何かが叫ぶ。
誰、これは――私?
それとも――?
――殺――。
――殺サ――デ。
――殺――ナイ――!
――殺さないで。
「……い……いや」
「嫌……嫌ぁぁあぁあああああああああ……っ!!」
ぶつん。
――右腕が飛んだ。
跳ね起きた。
途端、押し寄せる嘔吐感――
構わず、吐いた。
服に掛からない様にしたのは、微かに残った理性が為したものか。
………。
吐いたところで――何も出てくる事は無い。
木漏れ日。
寝転ぶ少女の顔に掛かるそれは、優しげで。
――残酷な現実を。
夢ではないと確認させるようで。
右腕にも当たる筈の日差しは、その暖かさを伝えない。
――伝えない。
当たり前だ。
――無いのだから。
「………」
ぐるぐると、思考は巡る。
――裏切られた?
いや、違う!
――違う?
そう。
なら、ついさっき、出会った時の顔は何だ?
驚いていたじゃないか。
喜んでいたじゃないか。
――取り逃がした獲物を見つけた喜びかもしれない。
――遭うとは思わなかった敵と出逢ってしまった驚きかもしれない。
違う――。
違う、違う、違う!
私は――
ワタシ、ハ――
彷徨う想いは、まだ――
出口を知らない。
【天野美汐 気絶から回復――混乱状態に陥る】