いつかの決着(ケリ)


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「ぐうっ…」
きしむ腕、悲鳴をあげる筋肉。
恐ろしいほどの血管を浮かび上がらせながら、祐一は呻いた。
ガラッ……砂が、固まった泥が、崖の断面にぶつかり合い、粉となって虚空に消える。
「まっ、繭っ!!どっかに足場…ないのかっ…!!」
「ごめんっ……ないっ!!」
そう言いながら、自分の体に括り付けてあった荷物を捨てる。
舞い降りる土砂と共に、繭の荷物が崖下へと吸い込まれていく。
それを見た祐一の視界がぐらりと揺らいだ。
「里村さんも…荷物捨てて!」
繭の言葉。
「……そうですね」
落ち着いた風に、茜もそれに習う。
ガクン……若干、左腕にかかる重量が一気に軽くなってバランスを崩しかける。
「くぅ……」
だが、祐一も男。そこは持ち直した。
おかげでもう少し持ちそうだったが、時間の問題だ。
(くそっ…こんなときに力があればっ……!!)
脂汗が、祐一の全身を包み、力を奪っていく。
「……じゃあ、こういうのはどうですか?」
開いたほうの手で、唯一捨てなかったコルト・ガバメントを構える。
カチッ……
「茜っ!?」
「このままじゃ全員死にます。それよりは…いいと思います」
繭に、向けられた銃口。
「里村さんっ……!?」
予期せぬ事態に、繭の下半身が宙に揺れる。
(な、なにしてんだ茜っ!!)
叫びたかったが、叫べなかった。少しでも気を抜くと、自分も含め、三人全員が奈落の底へと落ちてしまうから。
「私は――ためらいませんよ」
繭と、祐一と。
それぞれの顔を交互に目だけで見やりながら茜が呟いた。
――その声はとても冷たく。
茜が大切な親友達を撃ち殺したその罪。
(私は、一番汚い方法でケリをつけようとしてるのかもしれません)
「……茜っ!!」
祐一の叫びが聞こえる。
(帰ってこなかった幼なじみのあの人。いつまでも待ちつづけた私)
すっ…と、大きく息を吸って。
(帰るために殺しつづけた私)
「これが、私の選んだ道です」
グイッ……
繭の頭に、照準を合わせる。
「さ、里村さんっ!!」
繭の片腕が、それを奪おうと宙をかいたが届かなかった。
繭の体が、振り子のように揺れる。
(もし、撃ってみろ…そのときは…茜、お前も死ぬぞ…もちろん俺も)
声にこそ出せなかったが、その表情と思いは、二人の心に伝わった。
(やめろ…茜…)
極限状態の中で腕を閉じ、出来る限り二人の体の幅を縮める。もちろん繭に茜の銃を奪ってもらう為だ。
体と共に、繭と茜の心が揺れた。
「祐一、私達を引き上げることはあなたでは無理です」
「里村さんっ…!!そんなこと言わないでっ!!」
既に、祐一の腹までが崖下に乗り出している。
一人ならばいざ知らず、二人相手では絶対に踏ん張りがきかない。
「あ……かねっ……!」
「あなたは…何も変わってませんでした。私がこう言うのは許されないことだけど、少し嬉しかった。
 あなたはきっと…最後まで手を離さないでしょうね」
ただ…それは、ただのバカです…と付け加えて。
「だから、私が決めます。どうせ死ぬのなら、私が撃てば…」
「やめて、里村さんっ!!」
「さようなら」
ドンッ……!!

――銃声が木を大きく揺らした。
「多分、私は、一番汚い…方法で…決着を……つけようとしてたのかもしれ……」
茜の手から、コルト・ガバメントが落ちた。
「がはっ……ハア…ハア…」
祐一の、背中越しに見えた影。
苦しそうに息を吐きながら、銃を撃った少女、牧部なつみ。
残された右腕に、放り出していたカスタムウォーターガンを携えて。
流れ出る血が、祐一の背中を濡らし、脂汗と交じり合って、地面へと流れた。
「な……」
弾丸は、茜の体を。
酸は、茜の顔を。
それぞれ蹂躙して。
「あかねっ!!」

「かはっ……私…撃ったのね……」
もう、痛みなどなかった。ただ、血の流れ行く感覚だけが…なつみには感じられた。
ただ、撃った。祐一と、繭とを、助けて…そして、非道な里村茜への復讐の為に。
「店長さんの敵……」
取った。復讐は、叶った。
ただ、今、本当にそれを望んでいたのか。
復讐なんて馬鹿らしい。
「本当ね…」
晴香の言葉を思い出しながら。
(なんにも…ならないね)
嬉しくも、なんともなかった。ただ、殺った…というだけの事実。
(なに、してたんだろうね、わた…し)
その思考を最後に、なつみが倒れた。祐一の背に覆い被さるように。
一瞬遅れて、涙の雫がなつみの体に、落ちて流れた。
――あの瞬間、茜は確かに自分の方向へと銃口を向けた。

祐一の体の上から降り注ぐ酸と、血。
そして、大地を揺るがす銃声。
茜の体が、大きく揺れた。
酸が顔から首を伝い、制服を黒く焦がしていく。
「わた…し…の…罪です。結局…逃げてしまいました」
腹部から、血が垂れた。
「あかねぇっ!!]
制服が、黒と赤とに彩られて。
「ごめんなさい……生きて償っていけなく…て」
澪と、詩子と、そして殺めてきたすべての人に。
そして、あの人と、祐一に。
「ごめんな…さいっ…!!」
口元から血を滴らせながら――茜の言葉。
罪人には、許されないかもしれない――陳腐な言葉。
頬を濡らした涙が、酸を洗い流していく。

  ――結局…あの空き地には…帰れませんでしたね――

最後の力で、祐一の手を振り払って。
茜の姿が吸い込まれていく――下へ、下へと。
「あっ……あかねぇーーーっ!!」
「里村…さんっ!!」
祐一の叫びと共に、繭の体が舞った。
なつみの体を乗り越え、地面にと転がる。
「くそぉっ!!」
祐一が、降りられそうな場所に目星をつけると、崖下へ一気に滑り降りた。


【079 牧部なつみ 死亡】

【残り29人】

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