ロボットということ
カタカタカタ……キーボードの音が鳴り響く。
017…018…019…
「うーん、一番怪しいのはこいつらか?」
モニターを眺めながら源五郎が呟く。
(女子017番)柏木梓。長い間一緒に行動していた人間と共に、生死反応がいきなり途絶えている。
誰か別のグループと遭遇したわけじゃないのにも関わらず…だ。
監視の届かない屋内での出来事というのもまた気になった。
「少し調べてみますか……」
その時、源五郎専用の特殊携帯がけたたましい音を鳴り響かせる。
「…どうした、HM」
向こうからコンタクトをとってくることは滅多にない。
怪訝、あるいは険しいともとれる表情でそれを取る。
「……目標捕捉、施設ヘト近ヅキマシタ」
「ついにきたのか…御堂か?」
「至近距離ニ019…040…083…一体ハ判別不能デス。
少シ離レテ021…069…
反対方向ニ092…ソレトマタモウ一体ノ生体反応…コチラモ特定ハデキマセン」
特定不能の生体反応…長瀬祐介か、七瀬彰か、大庭詠美か、長瀬一族のものか…そして、未知の死んだはずの人間か。
そして、特定できた番号。
「……柏木耕一に巳間晴香…そして坂神蝉丸か…」
苦々しく顔を歪める。
「…はあ…よくもまあこれだけ集まったものだ。
丁重にお帰りしてもらえ。…ああ、なるべく殺さないようにな。
ただし、施設に危険が及ぶなら――殺しても構わん」
「了解イタシマシタ」
ツ――――――通信が途絶える。
「ふう、さて、どうなることやら…」
もしもの時は受身ではいられなくなるかもしれないな……そう考えながら再び作業へと入った。
「……というわけだ」
軽く、お互いに状況を確認しあう。本当に、軽く、だ。
敵…と思われるロボットがいる前であまり長居するのも憚られた。
「とりあえずは一度離れよう…話はそれからだ」
「「はい」」
だが、それは叶わなかった。
「……目標捕捉。タダイマヨリ行動ヲ開始イタシマス…」
「……何か言ったか?あのメイドロボ?」
「…何か…言ったね」
耕一と、彰の台詞。
「……!!伏せろっ!!」
突如、蝉丸が叫んだ。
同時に、彰と耕一の頭を押さえつけ、地面すれすれにまで叩きつける。
「ぐぇ…」
ガァン……!!
三人…いや、正確には気絶している月代を含め四人の上を弾丸と思われるものが通過した。
「(゚д゚)……ん?」
よけなくても、当たらない程度の場所を、通り抜ける。
「立チ去ッテクダサイ…ココハ、禁止区域デス…参加者ノ皆々様ハココヘハ立チ寄ラズげーむヲオ楽シミクダサイ」
メイドロボ特有の機械質な音声があたりにこだまする。
「気付かれた…?いかん、思ったよりも攻撃的のようだ…」
まさかいきなり攻撃してくるとは……
「あ、あれはっ…」
木に突き刺さった飛んできたもの…
「矢…だな」
耕一が姿勢を低くしたままでそう呟く。
『ゆっくりと後ろへ下がれ……』
蝉丸が、手で二人にそう合図する。
月代を引っ張りながら、耕一。
「あいつは…なんなんだ?禁止区域だと?」
こちらへ向けられたHMの右腕の甲に、黒い穴が開いている。
あそこから、恐るべきスピードで飛び出した矢。
「絶対に顔を出すな…」
人が一人、充分に隠れられるほどの木にそれぞれ一人ずつ身を潜める。
(一度、撤退した方がいいな……)
耕一と、彰と、月代を順番に見やり、そう判断する。
一人は気絶、二人は大怪我をしているようだ。
「スグニ立チ去ッテ下サイ…
アト10秒、立チ去ラナイ場合ハ敵トミナシ排除シマス」
「……」
「蝉丸さん、ここは…」
「ゆっくり下がれ…」
二人を手で制しながら、蝉丸が言った。
もし、わき目もふらず全速力で転進していたとしたら…4人共全員無事に戦闘回避できただろう。
だが、それを耕一達が分かるはずもなく……
「9……8……7…」
(絶対に顔をだすな…)
ささやきながら、蝉丸。
耕一も、彰も、傷を負っている。素直にそれに従った。
それだけではない。蝉丸の声には、二人にそうさせるだけの有無をいわせないだけの雰囲気があった。
――しかも、耕一は月代を背負っている――
(あれは、ろぼっとなのか?)
(ええ、そうです)
(では、…遠慮はいらぬ…というところか)
蝉丸が、ベレッタを構えながら、戦闘態勢をとる。
「3……2……1……戦闘開始」
ガァン!!
蝉丸の隠れる木のすぐ横を恐るべきスピードで矢が通り抜ける。
ドン!!
合間を縫って、蝉丸が照準をつけてHMを狙い撃った。
「ほんとにいきなり撃ってきたよ…」
彰もまたマシンガンを構え、そうぼやいた。
「(゚д゚)……むにゃむにゃ…騒がしいぞゴルァ(゚д゚)」
耕一もまた背中で聞こえる寝言を聞き流しながら武器を構える。
「いきなりだったけど…戦闘は避けられない…ということか」
目の前で起こる殺し合い。
それに、いいようのないむなしさを感じながら。
ガイーン……!!
「いかん…まったく歯がたたん」
HMに命中した弾丸。
だが、それは奇妙な金属音と共に弾き飛ばされる。
「防弾チョッキ?」
「かもしれん。それよりも奴の武器は刃物全般のようだ。
君達が防弾チョッキを着ているとはいえ、まともに当たれば致命傷だ」
「……そうですね」
彰が、自分の防弾チョッキを見つめながら、覚悟したように呟く。
「…そ、そうっすね…」
一方、耕一は自分の防弾服を見つめると、赤くなりながら呟く。
「笑えるなら、大丈夫だ。耕一君、君の武器を当てるんだ。
それは大砲だろう?それならば奴の防弾チョッキはなんの意味も成さない」
「はいっ……」
「それまでは俺が奴を引き受けよう…」
それを最後に、蝉丸が木から飛び出した。
「捕捉…発射!」
HMの腕から、再び矢が射出されるが、蝉丸は再び木の陰へと身を潜める。
木の陰から木の陰へと体を移しながら、蝉丸は徐々にHMのほうへと近づいていく。
恐るべきスピードの矢とはいえ、捕捉してからでは捕らえられない蝉丸のそのスピード。
(だが…これ以上は危険だ)
すでに、蝉丸が隠れ潜む木からHMの間に障害物などない。
ドン!!
蝉丸の弾丸が、服に覆われていないHMの足にに命中する。
ガイーン……!!再び弾丸が弾かれる。
(そうか…ろぼっとだからな…防弾仕様なのはボディ全体…というわけか…)
ヒュン…!!
すでに、HMは激しく移動を繰り返していた蝉丸だけに矢の照準を合わせている。
銃こそ効きはしなかったが、HMの気をそらせる…ということだけはできた。
HMは、今完全に耕一に対し、横を向いている。
「今だ、耕一君!!」
叫び。同時に蝉丸が飛び出した。
「…捕捉…!!」
蝉丸の体をHMの右腕が捕らえる。
「でりゃあっ…!!」
ガオーーン!!
耕一のそれ…中華キャノンが火を吹いたのはほぼ同時だった。
「――?回避不能!?」
蝉丸の体に向けて矢を放つ直前――
HMの体を、巨大エネルギーの濁流が飲み込んで、岩山の一角を激しく破壊した。
「やったぜ!」
耕一が、痛む体のことも忘れ、ガッツポーズをとる。
「やったね、耕一さん!」
彰が、強張らせていた表情を解いて、笑いかける。
「これなら……」
「待て、耕一君…まだ動くなっ!!」
巻き上がる噴煙へと銃を構えたまま、蝉丸が戻ってくる。
木から、木へと、身を隠しながら。
「油断は、死を招くぞ」
諭すようにしながら、それでもそこから目を離さない。
「……」
爆発の中から、人の影。
「………えっ?」
「お、おい…ウソだろ?まるで無傷じゃないか……」
白いスウェットスーツを露出させ、HMが煙の中から何事もなかったかのように姿を現す。
「……耕一君、彰君…君達は逃げろ」
表情を変えないまま、蝉丸が呟く。
「ちょっ……」
「一度態勢を立て直したほうがいい。まともにぶつかっては勝ち目がない
…いや、倒せる武器がない…と言ったほうが正解か」
(蝉丸さんは…?)
(心配するな、耕一君。俺は奴を引きつけるだけだ)
安心させるような笑みを浮かべ、蝉丸が呟いた。
(月代を頼むぞ)
「だけど…あんなとんでもない化け物相手に…――!?そうか……」
耕一が、意を決したように叫ぶ。
「どうした、耕一君……」
「中華キャノン…もっと威力をあげる方法があります
先程の威力とは、比べ物にならない程強力な力が」
ネットで拾った情報ですが、確かなものです…と付け加えて。
「……聞いたことがあるような…ないような…」
彰も緊張の表情を崩さないままに横目で耕一をみやる。
「中華キャノンの力を増幅させれば…あるいは……倒せます」
耕一の顔を、蝉丸は真剣に見つめた。
「……分かった…君を信じよう…確かにあのような危険なろぼっとをのさばらせておくわけにもいかない。
それに先程気付いたことがある。奴にも弱点はある…ろぼっとという…な。
絶対に無理はするな。まかせたぞ」
「ちょ、ちょっと……」
彰が混乱している内に、蝉丸は飛び出した。
施設の入り口へと向かって。
「ソノ施設ニ近付クコトハ許サレマセン!!」
耕一達には目もくれず、施設に向かって走るHM。
施設を守るHMにとって、それは一番の重要事項であるから。
「耕一さん、一体何を……」
「威力増幅だ。彰君、君は足を怪我している。
蝉丸さんはHMを引きつけてくれている。
これは、俺にしかできないことだ。…任せてくれ」
メイド服のスカートをたくし上げ、露出したブルマに中華キャノンを括り付ける。
「いくぞっ……」
耕一が、高らかに叫んだ。
HMの右腕が上がりはじめる。
(機械ならではだ)
フェイント、といったものがまったくない。精密さゆえの正確さ。
(それは、ただの直線的な動きでしかない)
蝉丸は、気を練りながら、HMの真正面に対峙する。
施設の入り口の前に仁王立ちするHM。
さらには、腕が上がってから発射される前に…
「目標捕捉…発射…!!」
その台詞と同時に蝉丸は体を宙に躍らせる。
ヒュン!!
蝉丸の立っていたその空間を矢が通り抜けた。
高らかに宣言して撃たれた矢をよけることなど、軍人として鍛え上げられた蝉丸には容易い。
(そして、次に発射されるまで約三秒……!!)
心眼で相手を見極めるという流派、影花藤幻流の使い手である蝉丸にとって、
直線的かつ精密なその動きをかわすことは造作もなかった。
しかも、発射直前に宣言してくれるというプレゼントつきだ。
(これが…人間であれば脅威なのであろうな)
そう、あの御堂のように。
(結局、機械では強化兵には遠く及ばない…というところか)
再び矢をかわし、懐へと飛び込む。
「……!!」
今度は、HMの左腕から黒い影。
「む」
シャキン!!
左腕の甲の穴よりは、剣の刀身が生えてきていた。
「排除…シマス…!!」
左腕を蝉丸の眼前に向けて振り下ろす、それは、生えた刀身が蝉丸の頭を捕らえることを意味していた。
「むうん!!」
ガキン!!
気合一閃、蝉丸の頭上で火花が散った。
「耕一さん…一体何を…」
「いいからっ…あきらくん…きみはその娘を守ってやっててくれ…これは…今、おれにしかできないっ!!」
倒れている仮面の女、月代をちらりと見ながら、苦しそうにうめいた。
結界、その中で発揮された完璧なる鬼への衝動。そして、その反動で痛めつけられた体組織。
耕一の筋肉組織は、少々の運動でも悲鳴をあげていた。
「ぐおおおおっ……!!」
鬼の咆哮をあげながら、耕一は上下運動を続けた。
足が浮き沈みするたびに、キャノンの横に添えられた手が動くたびに、キャノンの低い駆動音が大きくなっていく。
同時に、耕一の歪む顔。
「こ、耕一さんっ…」
「し、信じろ……彰君!!」
ガクガクと足を震わせながら、耕一は中華キャノンのチャージを続けた。
(くそっ…なんて情けないんだ…蝉丸さんが…耕一さんが、こんなに自分を犠牲にしてまでも頑張ってるのに…
僕は何をしてるんだっ!!)
月代をかばうように立つと、HMにマシンガンをむける…が、結局何もできないまま彰は立ち尽くしていた。
心と、足がジクリと痛んだ。
「ねえ、あれ…耕一さんじゃないの……?」
「ほんとだ…耕一お兄ちゃんと彰お兄ちゃんだ…何してるんだろう…」
ちょうど、蝉丸とHMの死闘からは死角の位置で、二人はその光景を目の当たりにした。
苦しそうに脂汗をかきながら上下運動する耕一と、その横でくやしそうに彰。
――ちなみに月代は寝そべっているので二人には確認できなかった。
「い、行ってみましょう…ただごとじゃないわ…いろんな意味で」
「う、うん!」
あたりに気をつけながら、そっと七瀬達は行動を開始した。
ガキーン!!
蝉丸の頭上で、刀が交錯する。
非業の死を遂げた参加者から譲り受けた毒刀。
「むうん!!」
ガキン!!
そのまま力任せにHMのそれを弾き返す。
「……!!」
バランスを崩しかけたが、それを持ち直すと、よろよろと後退しながらHMの右腕が上がる。
矢が、発射される。
「はあっ…!!」
「捕捉…発射…!!」
蝉丸の動きはまだ止まらなかった。
弾き返した刀を返し、そのままHMの右腕へと叩きつける。
ゴッ……!!ズシャッ!!
強靭なその右腕は傷一つ付きはしなかったが、叩きつけられた右腕からの矢は地面へと反れ、岩盤を穿った。
「……排除…シマスッ…!」
ガキンッ!
息もつかせぬ連続攻撃、HMが間髪いれずに横に凪いできた左腕の剣ごと、剣を叩きつける。
バキッ…!!骨の折れるような音が響き、HMの剣の破片が飛び散った。
「……!!」
機械にも感情があるかのように、わずかにその瞳に動揺が走ったように見えた。
「はあっ!!」
4連攻撃。最後の一撃は、右手の甲、矢の射出口に向かって突き入れられた。
再び破壊音。射出口に突き入れられた刃が、HMの右腕の内部を深くえぐった。
「右腕損傷……完全ニ沈黙シマシタ…修復デキマセン……!」
機械音が、あたりに響く。
ヒュッ…!!一気に剣を引き抜くと、とどめと言わんばかりにHMの後頭部に蹴りを食らわせた。
「ぐううっ…あと…すこ…し…」
手はまだなんとか動く。だが、足の方が限界だった。
(最後まで…もつか…?俺の体…)
いや、もたせなくてはならない。自分を信じてくれたみんなのためにも。
ギューーン…!!既に中華キャノンの砲身が青く輝きはじめている。
「がんばれっ、耕一さんっ!!」
もはや、彰には祈ることしかできない。
HMとの闘いは蝉丸がその力で圧倒している。
だが、HMの機能を完全に止めるには…もうこれしか方法はない。
「がんばれっ!!」
「……なにしてんの、あんたら……」
突如、右方向からあきれたような声。
「誰だっ……!!…は、初音ちゃんか…隠れててくれ!」
マシンガンを向けかけた彰が、あわててその照準をはずす。
「彰お兄ちゃん?」
その、二人の切羽詰った言動と行動に戸惑いを隠せない初音。
「あたしは無視かいっ!…って、ああっ…!!」
耕一達を追って現れた七瀬と初音、その二人がようやく目の前の死闘に気付く。
「な…こんなときにあんた達何馬鹿やってんのよっ!!」
七瀬の怒号が天をつく。
「(゚д゚)うるせぇぞゴルァ(゚д゚)…ムニャムニャ…」
「ば、ばかなんてやってないっ…ちょうどいいところに……」
耕一の決意が揺らいだ。
(せっかくだから留美ちゃんか…初音ちゃんに…)
二人のチャージ姿を想像してみる。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(できるかっ!バカヤロウ!!…男の俺が投げ出してどうするんだ!!)
少しでも楽になりたい――自分のその一瞬でも沸いた思いを耕一は恥じた。
だが……
「危ないっ!!」
その耕一の心を遮るように――彰の言葉。
「なっ……ぐあっ……」
バキューン!!
そして突如、予想もしなかった所から沸き起こった銃声。
七瀬を突き飛ばした彰の体が、吹き飛ばされる。
その一瞬が、まるでスローモーションのように。
「なっ…彰君っ!!」
「あ、彰お兄ちゃんっ!!」
「(゚д゚)……う〜ん…えっ…なっ…ここはどこなんだゴルァ(゚д゚)」
彰と、七瀬の体が、地面を転がった。
「ぐふっ…」
腹を押さえて、うめく。
「ふふふ、役者がそろってるようですね…ひひひ…」
ちょうど、蝉丸とHMとを挟むようにして現れたのは…長瀬源三郎だった。
口元からよだれをしたたらせながら…まるで麻薬中毒者のように。
「なんて事をっ…」
蝉丸が、銃声に気を取られた一瞬――
メリッ…
「がはっ…」
HMの左拳が蝉丸の腹に食い込む。血が薄く舞った。
「……捕捉…」
HMの左拳に残されていた約1センチ程の折られた刃の根元が血を滴らせる。
勢いよく引き抜かれたそれが、空中に赤き川をつくり、地面へと落ちた。
(なんてことだ…よりによってこんな時に…)
腹を押さえながら、蝉丸がうめく。
(最悪の――展開だ――)
【HM12戦闘型 右腕破損】