紅と闇
「くっ……」
血が――
血が流れていく。
仙命樹の力が、上手く働いてくれない。
日が照っている故だ――
傷が塞がるのが、遅い。
目の前に立った少女――のような"もの"は、暗い瞳を自分に向けた。
そこに光は無い。
――これが、"ろぼっと"というものか――
其れを見て。
蝉丸は、目の前に立つ"物"の恐ろしさを――
認識する。
からん、という軽い音。
少女の手に残されていた、僅かな刃が落ちた。
武器は失われた――?
ばちっ。
否。
その予想――或いは希望――を踏みにじるかのように、不吉な音が鳴った。
見れば。
少女の左手に、異様な気配を感じた。
右手は、奇怪な音を発しているものの――
不吉な"何か"を感じさせることはない。
――電撃。
察知。
そして、その予想は――当たりだ。
思案も、対処も考える間も無く。
少女の左手が打ち出される。
咄嗟に身を引いた――
血の線が宙に引かれる。
「――標的、捕捉――破壊――」
不吉な言葉を呟きつつ、HMは蝉丸に近付く。
小柄な身体を利用したそのフットワークは、傷付いた蝉丸を遙かに凌駕する。
横に回られた――
――逃げていては、埒があかないようだな。
仕方がない。
地に着く。
それと共に、弾くように、駆ける。
少女の左手が空を切る。
一瞬の隙。
踏み込み――駆けた勢いを止め、左足を軸とする。
振り返り様に、右の脚を放つ――!
がきぃっ!
鉄の音。
銃弾すら跳ね返すそれは、異様な程硬く。
しかし、正確に肘に放たれた蝉丸の一撃は、HMの左腕を高く、高く叩き上げた。
「―――」
その顔は、無表情であったが――
それでも、やはり唖然としたのだろうか?
無防備な腹。
狙うはそこだ。
「ふっ――!」
強烈な踏み込みと共に放たれた拳は。
鉄が歪む音と共に、少女の身体を遠くに吹き飛ばした。
――だが。
「……くっ」
蝉丸の顔には、脂汗が浮いていた。
点々、と――血が落ちる。
既にその服すらも、紅く染められていた。
傷は、未だ治らず。
戦の場において癒す事もままならず。
その傷は――
確実に蝉丸の体力を蝕んでいった。
少女が、立ち上がる。
ぎりぎり、と奇怪な音を発していた。
――戦えるのか?
自問。
暗き眼を向け。
少女は、其れを"破壊"すべく左手に電撃を纏う――
――俺が戦わずして、誰が彼らを護ると言うのだ。
自答。
今為すべき事は、時間稼ぎ。
自分が少し前に立つ少女を倒す事は叶わぬだろう。
だが。
ここで闘う事が、勝利へと繋がるのなら。
多少の傷など、構わない。
自分は、軍人だ。
その為に在る筈。
だが。
「蝉丸さんっ――!」
不意に、呼び掛ける声。
あの声は。
「いかん――来るなっ!」
蝉丸は、駆け寄らんとする、もう一人の戦士に静止の声を掛けた。
それが間違いだった。
ドンッ!
「がはっ……!?」
気付けば、少女の身体が目の前にあった。
いや――それが離れていく?
どういうことだ。
しかし、そこで気付く、全身が痺れるような感覚。
しまった――蝉丸は気付く。
そう。
振り向いてしまったその隙に。
"あれ"を食らったのか。
――くっ!
空中で、身体を捻る。
全身を使い、衝撃を止め、そのまま駆け出す――
筈だった。
不意に、ぐらりとその身体が揺れた。
当然だ。
電撃を食らって、無事でいられる筈がない。
一瞬で気絶しなかっただけでも、幸運と言えよう。
――くそっ、不甲斐ない……。
己の力不足を悔やみつつ。
――蝉丸の意識は、闇へと落ちた。
【040坂神蝉丸 電撃によりK.O.】
【HM-12 左手に電撃装置セット】