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転倒した少女のロボット。
その頭部が、僅かに歪んでいる。
「案外蹴りでもへこむのね――」
そんなどうでもいい事を呟きつつ。
晴香はHMの右を取る。
それに呼応するが如く。
七瀬留美はHMの左を取った。
「気を付けて。そいつ、左手から電撃放つわよ――」
警告。
晴香は答えはしなかったが――
無言のまま、日本刀を鞘に入れた。
正解だ。
鉄製の武器など、掴まれればそれまで。
銃の効かぬ相手、刀など使ったところで斬れる筈も無し。
だが。
――素手で倒せる相手でもなさそうね。
立ち上がったHMの左手は、未だに不吉な音を立てている。

一瞬の停滞。
HMは、右を見た。
七瀬を。
「ふっ!」
瞬間、晴香が駆けた。
HMがその姿を確認すると同時に、七瀬が駆ける。
二方向からの攻撃。
流石に、片手では対処は出来まい。
「――破壊」
小さく、ぽつりと。
まるで駆動音の一つのように、その単語は吐き出される。
それで怯む晴香ではない。
繰り出された左手をひらりと避けると、その腹部に蹴りを見舞った。
吹き飛ぶ。その左手から、七瀬は、HMの後頭部を打撃した。
敢え無く、HMは顔面から叩き付けられる。
――それでも、壊れる事は無い。
「しぶといヤツね……!」
忌々しげに、七瀬がぼやく。
倒れたHMが、脚を掴まんと繰り出す左手をひらりと避ける。
その腕を踏み、後ろへと跳んだ。
「殴って壊れる相手じゃなさそうよ」
「……かといって、銃が利くわけでもないわ。どうするつもり?」
こっちが訊きたい。
再び立ち上がるHMは、微かに異質な音を立てつつある。
その身体が、歪み始めているのだ。
だが――致命的なレベルにまでは、至らない。

――ふと。
晴香の目に停まる物。
それは、誰にでもあるもの。
人であれど、ロボットであれど、それはあった。
だが、今は閉ざされていた。
つい先程までそれは凶悪な兵器であったが――
連続して放って来ない事を見ると――
「……留美。あんた、距離を稼ぎなさい」
立ち上がったHMに駆け寄りつつ。
晴香は、七瀬を名指しで呼んだ。
「距離って――逃げろって言うの?」
「いいから――こいつに"あれ"を使わせるのよっ!」
"あれ"。
HMの遠距離からの攻撃手段と言えば――
ボウガンが失われた今、つい先程使われた「獅子吼 」以外に無い。
無論、二人は名前までは知らないが。
だが、何故あれを。
「冗談じゃないわ。あんた、あたしを殺す気っ!?」
「――考えがあるのよ」
脚を払う。
もはや左手しか使ってこないHMの攻撃は単調過ぎた。
少し考えを巡らせれば。
蹴りや右手からのコンビネーションも使えた事だろうが――
生憎、そこまで考えられる程頭は良くないらしい。
HMは、再び地に伏した。
「いいから、さっさと走りなさい!」
「―――」
晴香は。
脚を払うが如く振るわれた左手を、これまた七瀬の如く避けると、叫んだ。
「――死んだら、恨むわよ」
そう言って、七瀬は背を向けた。
望むところよ――と返ってきた、ような気がした。

駆ける。
全力で。
だが、逃げるだけであれは使われるのか?
そんな事など分からない。
だが、賭けるしかないのだ。
勝つ為には。
その、晴香の「考え」に。
ある程度距離を開いたところで、七瀬は振り向いた――。
丁度。
下腹部に放たれた渾身の踵蹴りが、再びHMの身体を仰向けに転がしたところであった。
振り向く――そして、駆ける。
しかし、それも半ば程で止まる。
七瀬は。
HMと、晴香を挟んだ形で向かい合う事となった。
――使ってくるのか?
脳裏に、微かな不安。
晴香とHMとの距離は、さほど大した物ではない。
遠くもなく、近くもない。
獅子吼 を使う事なく、駆けてくる可能性もあった。
だが。
思惑通りであった。

HMが、顎が外れんがばかりに口を開いた。
何かが、収束していく――頭に響く、きいいぃぃぃん……という音。
獅子吼 は――"遠距離に二人以上の人間がいる時に放たれる"。
単調な思考回路。
それを読んだ上での行動であった。
――ここからは、本当の賭けね。
刀の鞘を抜く。
それを右手に握り。
「何があっても、動くんじゃないわよ」
そう言い放った。
「――あんた、まさか」
死ぬ気なんじゃないの……?
その問いに、晴香は僅かに微笑を浮かべ。
応えた。
「あんたより先に死ぬ気は無いわ」

そして、駆けた。



獅子吼 発射まで、あと五秒――

駆ける。
鞘から抜き去った刀が、刃が、ぎらりと禍々しい光を放つ。

獅子吼 発射まで、あと四秒――

間に合うかどうかなど分からない。
だが、無駄に戦い続けたところで敗れるのは必至。

獅子吼 発射まで、あと三秒――

勝てぬ勝負などする気は無い。
だから、敢えて危険な賭けに出たまでのこと。

獅子吼 発射まで、あと二秒――

刀を握り直す。
後少し!

獅子吼 発射まで、あと一秒――

―――。

――零。




どんっ。

「――チェックメイトよ」

呟かれた言葉は――人の物。
HMは。
口を、喉を、刀で貫かれ。
その身を、びくりと震わせた。
そう、何もHMの弱点は目だけではない――彼女達が気付かなかっただけだが。
弱点は、いくらでもあるのだ。
眼も。
口も。
貫けば、人は死ぬのだ――。
しかし、機械に至ってはその限りではないらしい。
貫かれたにも関わらず。
それは、確かに晴香の方を向いた。
左手に走る電撃は、既に、左腕全体を包みつつある。
「しぶといやつね……」
ぽつりと、呟く。
もはや拳以外に頼る物など無い。
晴香が、腰を低く落とした――
その時。

「避けろぉぉぉおおおおおおおおおっ!!」

――絶叫。
振り向けば、先程から腰を振っていた妙な男の股間が。
青白い光を放っているのが見えて。
――それは、本能的な恐怖。
晴香は。
もはやHMの存在すら忘れたかのように、脱兎の如く、駆け出した。
――そして、それは間違いではない。
HMは。
再び、その身を震わせる。
壊れたかのように。
だから。
もはや、逃れる事など叶う筈も――
無かった。


鋼鉄の少女は。
蒼く輝く、灼熱の光に包まれた。



【HM-12 中華キャノン、直撃】

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