DEAD OR ALIVE(前編)


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「こんなとこで…いいか?」
森の中。茂る草木は潮風を浴びてしなびているように感じる。
「わりといい物件だなぁ、ここは」
茂みの中、どっかりと腰を下ろす。
おぶっていた祐一を背中から降ろし、地面に横たえる。
森の入り口、視界の向こうには果てしなく広がる大海原。
「ああ、今の俺達の欲している世界が…あの海の向こうにあるぅっ……!!」
「海の男にでもなりたいのですか、ジュン?」
「いや…そうではなくてだな…」
たまにこの金髪の少女は、未だ自分の置かれている立場を理解できていないのでは…などと邪推してしまう。
「ただ、帰りたいな…と、それだけさ」
ただ、平和だったあの日々が、ひどく懐かしく感じる。
(まだ、3日しか経ってないんだよな…)
「Oh!ジューン……Homesickですか?…元気出してくれないと私も悲しいデス…」
「か、母ちゃ〜ん…って、違う」
(本当に分かってんのか、この娘は……)
ハア…大きく溜息をつく。

まあ、ここなら、周りから見つかりにくく、周りの状況を確認しやすい。
少々の話し声など、潮騒の音に消されてしまう…落ち着くには割と適した場所と言えた。
「お、おい…何してんだっ?」

「ん?何って…膝まくらだヨ」
祐一の頭が、レミィの白いとも健康的ともとれるつややかな太腿の上に乗っかっている。
「……だ、駄目だっ…」
「……?何でデスか?枕もなくこんなトコで寝たら頭痛くしちゃうヨ。
 移動中、私楽してたかラ、このぐらいはしないと…適材適所ネ♪」
「いやっ、待て待て…そんなうらやまし…ゴホンゴホン…もとい、婦女子にそんなことはさせられん…
 これが我が北川家の家訓でな…だから…俺がやろう」
「ワオ、ジュンってばフェミニストね。感激しちゃうヨ!」
まさか、うらやましさからくる嫉妬とは口が裂けても言えない。
祐一の頭の上方にまで移動すると、そっと祐一の頭を自分の膝に乗せた。

(くっ…俺の膝に男が乗ることになろうとは…この北川潤一生の不覚っ……!!)
「なんか、苦虫を噛み潰したような顔してるデス…」
「えっ?いや、そんなことはないよ?ははは、男にも女にも優しい男、ジェントルマン北川潤と呼んでくれ」
(くそ、よくよく考えてみればなんで俺が相沢にここまでしてやらにゃならんのだ…
 人がヒイヒイ言いながら移動中も背中でグゥグゥ寝くさりやがって…)
「おーい、相沢〜、お・き・ろ〜!」
ペシペシ…頭を、平手で叩く。
「う〜ん…あと三寸だけ寝かせて…」
「単位がオカシイデス…」
「三寸経ったぞ〜」
「じゃあ、あと五寸…」
「経つか!このアホッ!!」
ベキッ…北川の拳が祐一の脳天に突き刺さった。

「痛いじゃないか…。……?……北川…か?」
「他の誰に見える」
「謎の不知的生命体X」
「誰が宇宙人だ、誰がっ!しかも『不』ってなんだ!」
「そのまんまだ…」
「くそっ…まあ、いいか…それだけ軽口が叩けるなら安心したよ。
 …結構心配したんだぜ?…これでもな。とりあえず膝から降りてくれ」
「うおおっ、何故俺が北川の膝の中で愛を語らってるんだっ?」
「語り合ってないっ!」

「で、何故俺はここにいる?」
祐一の言葉。
「ん…まあ…いろいろあってな…っていうかお前どれほどのこと忘れてるんだ!?」
「いや……ここ、海の近くの森の中か?」
「島デス」
「島……?どこのだ?…しかも…この女の人…誰だ?」
(いかん…全部…忘れてるのか…?この島であったこと…)
無意識に、北川の顔が曇る。
「じゃあ…水瀬や、香里のこともか?」
レミィに、黙ってろ…というように目配せしながら、ゆっくりと、そう言った。
祐一の向こうで、軽く首を縦に振るレミィ。
「名雪達も来てるのか?そうだよな、俺とお前の二人で旅行なんて寂しいもんな…」
「旅行って、お前っ……!」
北川の顔が、引きつった。たぶん、いろいろな…複雑な意味で。
「……ふう……まあ、仕方ないか…とりあえず、自己紹介はしよう」
いろいろ、言ってやりたいことはあったが、なんとかこらえる。
「この娘はガルベス宮内。通称ガルベスだ」
「ガルベス…か」
「Oh!私ガルベス…」
「まあ、とりあえずレミィって呼んでやってくれ」
「一文字もあってないじゃないか」
「細かいことは気にするな」
「私、大雑把な名前ネ…」

「で…だ」
北川の顔が、真剣なものに戻る。
「北川?」
というか、祐一がこれほど真剣な北川を見たのは初めてであるかもしれない。
「お前の記憶を呼び戻す…」
「できるのか?」
「さあ…」
口調は、あまり変わらなかった。

「聞きにくいんだが…昨日の夜…お前と一緒にいたあの聡明で可愛らしい少女は…どうしたんだ?」
椎名繭。まだ、放送では呼ばれていない名前。
言いよどみながら…まずは遠まわしにそう切り出した。
「……誰だ、それ?」
「駄目じゃん」
しょっぱなからつまずいた…レミィを覚えてない以上、繭を覚えていなくてもおかしくないのかもしれないが。
「てことはお前…昨日のこと何にも覚えてないのかっ?」
「……いや、なんていうか…イメージがぼやけて……」
「じゃあ、最近の出来事で覚えていることはっ!?」
「朝〜朝だよ〜、朝御飯食べて学校行くよ〜」
「なんだ…それ?」
「目覚ましだな」
「変な目覚ましだな…」
「ああ、名雪じきじきに録音したお手製の目覚ましだ。すこぶるよく眠くなる」
「………」
北川の、手が震えた。
「まあ、学校行く前の一シーンなら覚えてるが――?どうした、北川」
「……」

無言で、立ち上がる。
「ジュン……?」
北川の気持ちを察してか、不安そうな顔で北川を見上げる。
それを、大丈夫だ…と、無言で手で制する。
「どうした?北川…」
「お前、本気で言ってるか?」
「……?」
「本気で…それ言ってるのかって聞いてるんだ」
低い、声。
「…ああ、俺が覚えてるってのは…その辺だけど…」
北川のその無言の迫力に、頭を一個分後ろへとずらす。
「本当に本気なのか?」
「くどいな…一体どうしたん――」

バキッ……!!

「――――っ!!」
祐一の体が右へと吹っ飛んだ。
「……ジュン!?」
立ち上がりかけたレミィをもう一度手で制する。
「いきなりなにすんだっ!この野郎っ!!」
一瞬の放心。その刹那、両手で反動をつけ勢いよく立ち上がる。
「このっ……!!」
そのまま北川の胸倉を掴みあげ、眼前にまでたぐり寄せ、睨みつける。
「……このやろうっ!!」
「……」
北川も、目をそらさず祐一を睨み返す。
祐一の口元から、血が一筋垂れた。
「言い訳もなしか、この野郎っ!!」
バキャッ!!
祐一が、北川を殴り返す。

「ぐぅ…」
「なんとか言えよ、北川っ!」
バキッ…
胸倉を掴みあげた手を離すこともないままに、再度、殴りつける。
それでも、北川が祐一から目を逸らすことはなかった。
「……いいかげん目を覚ませ、相沢」
「なんだと?」
目と鼻の先、一センチの距離でのにらみ合いが続く。
男達のぶつかり合いに、レミィはただ何もすることなくそれを見つめている。
「お前は、逃げてるんだよ!」
「なんだと…」
「都合のいいことだけホイホイホイホイ忘れやがって…
 思い出せっ!思い出せよ相沢!」
「いきなり殴られて…はいそうですか…なんて言えるかっ!!」
ベキ…もう一度、北川の左頬を殴りつける。
「……ペッ!」
口に溜まった血を、北川が横へと吐き出す。その時も目を逸らすことはなかった。
「俺達は…逃げちゃいけないんだよ!香里や、水瀬の為にもっ!!」
「……どういう意味だよ…」
「言葉通りだ。ある意味、お前は…すべてを踏みにじってるんだ」
「……」
「本当に忘れちまったのかよ…おい…なんとか言えよ…」
「……」
「なんとか言えよ、相沢っ!」

「……本当に…忘れちまったのかよっ…!」
「きた…がわ…?」
北川の胸倉を掴んでいた手が、下げられる。
(一体…なんのことだ…名雪…?香里…?この島で…何が…あったんだ…?)

恐い…恐い…
誰もいない…真琴はいない相沢さんもいない…
祐介さんもいない…
私は、…私は……
ワタシハ…
海辺の森を彷徨い歩く。
私の、あったはずの右手が、私の、強く祐介さんと結ばれていたはずの右手が…ない…
「どうしたの…?私」
右腕を胸に抱きながら、歩く。
忌まわしい右腕が、私の視界に入らないように。

――……本当に…忘れちまったのかよっ…!

突如、聞こえてきた声。
なんの声だろう…私は…導かれるようにそこへと向かった。

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