悔恨
あれから、少しばかり経った――
祐介は、天野美汐の背後、約15m程離れた位置を、静かに、歩いていた。
怯えた人間は妙に勘が良い。
バレると後が厄介だが、いざという時遠いのも厄介だ。
このくらいが、すぐ駆け寄れるから丁度良いだろうか?
―――。
自分が発見してから1時間程度だろうか。
突然悲鳴をあげて、彼女は目を覚ました。
―――。
それから。
彼女は、寝転んだ場所からふらりと立ち上がり。
歩き始めた。
宛があったのかどうか。
自分を捜す為なのかどうか。
それとも――自分を、殺す為か?
それなら、彼女は自分の武器を握っている筈だろう?
いや、不意打ちということで素早く出して撃つのかも――
――どうでもいいか。
そう。
殺されたとしても、構わない。
その上で、自分は彼女と共に居るのだから。
――出来れば、隣に居たいけど。
それは叶う筈も無く。
ただ、護るのみ。
護るのみ。
しばらくすると、潮の香りが漂ってきた。
海が近いのだろう。
――海か。
あの、明け方の海辺を思い出す。
今朝の事だ。
―――。
――ああ、あの頃は、まだ。
時折、思う。
あのまま、あそこに居られたなら、と。
無論、それは逃げだ。
分かっている――否、分からされた。
逃れる事など叶わぬのだと。
自分は。
ただ、ひたすらに。
現実を見ないようにしていたのではないか?
この血生臭いゲームを。
辛く、哀しい戦いを。
何処かで誰かが殺され。
誰かが血を啜り生き残ろうとしている。
そんなゲンジツヲ――
現実を。
見ないようにしていたのではないか。
その代償は、大きかった。
今、持っている「右手」。
それだ。
――嗚呼。
手を失うなら、自分であった筈。
どうして。
彼女は、ただ。
怯えていただけなのに――
―――。
償えるなどとは思わなかった。
だけど。
放っておける筈は無いのだ。
約束した――
「護る」と。
既に護るべきだった人達は失われた。
今は、もう。
彼女だけ。
依然として、彼女はふらふらと歩き続けている。
誰かに出逢ったらどうするつもりなのだろうか。
――ましてや。
それが、マーダーであったなら?
距離は15m――全力で走って何秒だろうか?
―――。
――大丈夫。
護りきれる。
今なら、覚悟があるから。
――そう。
もし、彼女に危害が及ぶなら――
――……本当に…忘れちまったのかよっ…!
――聞こえた。
誰かの声。
そして、前を進む彼女もそれを捉えたらしい。
歩く方向を変えた。
進み出す。
そして自分も。
――あの声の主は、誰だ?
心当たりは無い。
少なくとも、彰ではない。
―――。
まぁいい――銃を握る。
汗ばんだ手に、確かな重み。
そうだ。
そうさ。
もし、彼女に危害が及ぶなら――
僕が殺す。
【064長瀬祐介 美汐より15m程後ろにて待機】