DEAD OR ALIVE(後編)
(なんの…ことだ…?)
頭が――痛む。胸が――締めつけられる。
(俺は――どうしてここにいるんだ…?)
北川が、祐一を睨みつけて。
(俺は――)
――7年前、心を閉ざしたあの、冬の日の赤。
――そして、今、俺は何を……?
『ゆう…いち…』
――まこ…と…?なんで…倒れて…
名雪と、秋子さんの姿がゆっくりと重なって――赤くなって…
そして、亜麻色の髪のおさげの少女――
「えっ…えっ…?」
胸が、痛む。上手く、息ができない。
「どうしても…駄目なんだっ…なんでだ…北川っ!!」
「相沢……」
「思い出したくてもっ…痛い…教えてくれっ…ここは…どこだっ!」
「……」
「俺は…何を探してるんだっ…あゆ?名雪?真琴?栞?舞?それとも――」
「……」
「教えてくれっ!北川っ!!」
北川の、肩を強く掴んで。
「……」
北川は、そこで初めて祐一から目を逸らす。
「それだけは、駄目だ。お前が、自分で思い出さなきゃ、駄目だ」
「……俺が?」
「俺にはお前が何をしていたか…何でそうなっちまったのかは分からない。だけど…」
北川が、再度、祐一に向かい合う。今度は、睨みつけるではなく、真っ向から、真剣に見つめる。
「それだけは――お前が自分で思い出さなきゃ駄目なんだ!」
「き…たがわ…?」
祐一の、胸が締め上げられる。
「おれは…」
ガサッ……
「なんだっ?」
ここから割と遠くない茂みが、作為的に揺れた。その音が潮騒の音に紛れて響く。
(誰か来るっ!!)
声をひそめ、祐一を半ば無理矢理的に座らせる。
(レミィ、下がれっ!)
運んでいたバッグから、銃――コルト・ガバメントを取り出しながら北川が囁く。
(ラ、ラジャーです!)
レミィもまた、刀を取り出して、揺れる茂みの逆方向へと移動する。
「な、なんだ…どうした北川っ!?」
(しっ…声を立てるなっ…顔もあげるな…じっと伏せてろ…今は黙って従ってくれ…もし敵なら…)
――敵?敵だって?今、北川は敵…と言ったのか?
(なんだ…一体…それ…銃…!?)
(もう、四の五の言ってる暇はない…一度しか言わないぞ…これは…殺人ゲームだ…死にたくなかったらお前も隠れてろ!)
(えっ?えっ?)
祐一の手に投げ渡される銃――里村茜の持っていたサイレンサー付きの銃だ。最も、今の祐一はそれを知る由もないが――
この三日間、北川が会った人物は三人。
まだ、殺人ゲームだということを認識できなかった頃に、宮内レミィ。
レミィと立て篭もった小屋に詰問してきた、信頼できる親友、相沢祐一とそのお供椎名繭。
いずれも、北川がなんらかの理由で心を許せる相手だけだった。
浩之から始まって…数多くの死体を見てきた。
それは、北川に殺人ゲームだと認識するに充分な現実。
護をはじめ、数多くの知り合いが死んだと告げられた事実。
そして――もう繭を除けば北川にとって、もう生き残りの中に心を許せるような知り合いは――いない。
(今まで誰にも遭遇しないことのほうがおかしいんだよな…)
結論、今、向かってきている人物は、ゲームに乗った敵である可能性が、高い。
そうでなくても、生きる為に殺す――と結論付けた奴だっていてもおかしくない。
最初から下手にフレンドリーに近付いて、いきなり撃たれて殉職――なんてたまったもんじゃない。
(そうでなくても…レミィと、状況を把握できてない相沢がいるんだ…)
慎重に、相手を探る。
ガサガサ…さらに茂みが揺れた。
(なんだ…今、北川は敵…といったのか?…それに…北川の持つ銃とこの銃…本物じゃないのか!?)
「動くな…誰だっ!!」
祐一の混乱が覚めやらぬ内に、北川は揺れる茂みと対を成す木の陰に移動し、そう呟く。
「……っ!?」
驚いたような声。
その声が、女だということが認識できる。
「こっちに、攻撃意思はない…分かるかっ?」
チラリ……
意を決して、木の陰から片目を出す。
(って、うちの学校の生徒じゃないか…しかも一年?)
一瞬で見て取れた。見慣れた学校の制服。リボンの色は間違いなく一年生のものだ。
それよりも…胸に抱いた右腕が――脳裏に一瞬で焼きついた。
「あまの…天野じゃないか!」
突如、叫びながら祐一が立ち上がり、天野――と呼ばれた女生徒に駆け寄った。
「お、おい、相沢……!」
北川の隠れる木の横を通り過ぎ、前へと踊り出る。
「……あい…沢さん…?」
女生徒の、少し震えたような声が漏れる。
「相沢の…知り合いか…」
初めての敵との遭遇…と思われる事態に、大げさに神経質になりすぎていたのかもしれない。
(少し、軽率だったかもな…)
北川は、頭を掻いた。
「ふう…」
伏せていたレミィにも、安堵の表情が宿る。
頭が…ひどく痛む。
頭の中におぼろげに浮かぶ戦慄のイメージ。
血に染まった、赤。いつか見た光景。
――ゆ、祐一、大丈夫?この子が悪いんだよ!祐一を殺そうとしてたから…――
――でね、途中で『みゅ〜』て言ってばっかりの女の子に会うの。
その子はまだ子供だから、まことはその子のお姉さんになってあげたの。
木の実をあげたり、変な人に襲われたときは真琴が守ってあげたりしたんだから!――
「天野っ……!!」
張り裂けそうな赤――そしてかすれる声。
「天野……まこと…は…?」
気が付いたら、口に、ついていた。その名を。
「いやっ…!!」
「それに…その右手…おい…天野っ…!!」
女生徒の様子が、おかしい。
「おい、相沢…?天野…さん?」
先程、祐一が口についた名を、北川も口に出す。
その女生徒は、明らかに――何かに怯えていた。
美汐の足が、一歩、二歩、と後ろへ下がる。
「いや……入ってこないで…」
ガクガクと足を震わせながら、美汐が声をしぼりだす。
「天野…まこと…は…?」
――まこと…いやっ…まことはもう…いないの…
――悲しい…つらい記憶…
「それに…その右手…おい…天野っ…!!」
――わたし…の…みぎて…もう…ない…の…?
――わたしの中に入ってこないでっ…!
――これ以上私を壊さないでっ!!
「いやっ…!」
「天野っ!」
祐一が、美汐の肩を掴んで、揺さぶる。
こんな、美汐の取り乱した…錯乱した姿に、祐一もまた取り乱していた。
「おいっ、相沢、落ち着けっ!!」
北川の声が、遠くで聞こえる。
「いやっ!!」
「天野っ…」
祐一の手を振り解いて、その勢い余って背中からその場に倒れる。
「天野…一体…」
ガサッ…
一瞬だった。
今度は、誰も気付かなかった。
バキィッ………!!
ただただ、祐一と美汐のやりとりに目を奪われていただけだったのか…
それともそうでなくても気付かなかったのか。
それほど…唐突に、祐一が派手に吹き飛んだ。
「ガッ……!!」
北川が、祐一を殴りつけた時よりも、数倍あたりに大きく響き渡る音。
「……相沢っ!?」
倒れた祐一と、その逆に位置する男の影。
「……」
(誰だっ!?)
右手で銃を水平に構え直しながら、北川が呻いた。
背中を向けたまま――美汐と正面に向き合ったまま…と言ったほうが正しいのかもしれない――
ちらりとこちらを見やる男。年の差は北川達とそう相違無い。
「いきなり…なにすんだあんたっ!!」
その男の目は、どこか異常な、何かを感じさせる目で。
(なんだ、こいつは…こいつはゲームに乗った奴なのか!?)
男が手に武器を持っていないことを確かめながら、ぐるりと回りこんで祐一の方へと向かう。
銃は構えたままに。
(それに…なんだあの手はっ…!)
武器こそ手にはしていないが…右腕に携えられている袋のそれは…
(人間の…手!?)
それに気をとられた時、きらりと何かが光った。
「えっ…?」
「ジュン!!」
レミィの叫び。
(なんだっ……?)
本能的な恐怖…北川の、右腕の周りにまとわりつくそれ。
右手から、超高速で伝染する、圧倒的な恐怖。
「うわあああっ!」
レミィの叫びがあったとはいえ、それを感じ取れたのは北川にとって幸運であったのかもしれない。
ゾリッ……!!
勢いよく手前に引き抜いた右手から、鮮血が迸り、その場を赤く照らした。
「ぐぅっ!?」
ただ、熱い…という感覚と共に、北川が後ろに一歩、二歩とよろける。
カラカラッ…
その感覚で取り落としてしまったたコルト・ガバメントが男の足元にまで滑って止まる。
空中に残るその日の光に輝く糸を、男が手前に引き戻す。
赤く垂れる血と共に、何か長い布みたいなものが巻きつくように付着していた。
「痛ぇ…」
それは、北川の右腕の――皮。
なに…今の…祐介さんが…右腕を…刈ろうと…
祐介さん…?
狂気が、電波が、伝染する。
私の右手…その男の人の右手…あなたが持っている右手…
私も…刈るの……!?
思考の混乱の最中、祐介が薄く笑った気がして……
「いやあああああっ!!」
その場から…逃げた。
そうしないと、信じていた何かが、壊れてしまいそうだったから。
「……」
男が足元に転がってきたコルト・ガバメントを拾い上げ、構える。
祐一にでなく、北川にでもなく、宮内レミィに。
「…!!」
北川が、横目でレミィを見やる。
「……」
先程まで持っていた刀ではなく、銃――電動釘打ち機――を両手に、狙いを定めている宮内レミィの姿があった。
「や、やめろっ…」
右腕の痛みをこらえながら、北川が叫ぶ。
その時……
「いやあああっ!!」
沈黙を守っていた美汐が、来た道の方向へと駆け出した。
「………!!」
男が、一瞬そちらに気を取られる。
「フリーズッ!!」
ビシュッ…!
五寸釘が、勢いよく発射される――が、男は瞬時に転がってそれをかわす。
確認してから転がったわけじゃない。まさに刹那の出来事だった。
「……!!」
転がったそのままの勢いで起き上がると、ゆっくりと、こちらに銃を構えながら、後退していく。
「フリーーズッ!!」
レミィの再三の叫びにも止まらずに、男は銃を構えたままに奥へと消えていく。
やがて、その姿が木々の間に見えなくなった頃、全速力で駆け出していった。
美汐の、消えた方向へ――と。
「ジュン!ユーイチ!大丈夫?」
レミィが、心配そうに二人を眺める。
「あ、ああ、大丈夫だ…心配しないでくれ…」
と言いつつも、右腕の肘から先…手首までの部分が真っ赤に染まっていた。
(皮が…ほぼ全部持っていかれてやがる…いちち…)
ビリビリッ…自分のシャツを左腕で勢いよく破ると、それを右腕に巻きつけ、縛る。
「北川…なんだ…今のは…?」
殴られた頭を激しく振りながら――祐一の戸惑いの声。
「分からん…たぶん…ゲームに乗ってしまった奴なんだと思うが…」
きつく、強く縛りながら北川。
傷こそひどいが、出血はさほどでもないらしい。縛り上げたシャツが真紅に染まるまでには到らなかった。
「ゲームって…なんだよ…」
「……」
右手の具合を、強く握ったり開いたりして確かめながら、黙ってその言葉を耳に通す。
「殺人ゲームって…この銃はなんだっ!真琴は…真琴は…死んだ…のか?」
先の祐一の、頭の中に浮かんだイメージは、それだった。
「……」
ただ、何も言わず、祐一を見つめる。
かけるべき言葉は、見つからなかった。
「ふざけるなっ!殺人ゲームなんて…ふざけるなよっ!!馬鹿野郎!!」
「相沢…」
「うるさい!俺は…俺はみんなを探す!北川、手伝ってくれ!」
「……」
それにも、答えることができなかった。
「ユーイチ……」
「なんでだ…なんで黙ってるんだ?まさか…みんな――なんて言わないよな!?」
「…相沢…」
「くそっ、俺は…俺だけは…みんなを探す…きっと生きてるっ!当たり前じゃないかっ!
あゆも、名雪も…真琴も、舞も…栞も…佐祐理さんも…みんなみんなっ…!!」
「おい、相沢っ!!」
突如、祐一が駆け出した。森の向こうへ向かって。
「そして――もっ!!」
降り続く雨の中、空き地で待つあの寂しい瞳の少女も…
だけど、その彼女の名前と、その姿だけは、もやがかかったように思い出せなかった。
「ジュン!」
レミィが、手荷物を片手に叫ぶ。
「分かってる…今のあいつを一人にはできないだろ!」
左手でバッグを下げ…傷ついた右腕で大口径マグナムを構えながら。
北川達もまた祐一の消えた方向へ向かって走り出した。
――僕もまた狂っているのだろうか――
天野さんを守るために…
ためらいもなく他の参加者に手をあげる…
いや、ここに来た頃は最初から手をあげていたじゃないか…
それは、狂っていたとは言えないのか?
あの時は、叔父に会うため、そして生きるため…大切な…漠然とした何かを守るために…
そして、今は、もう近づく資格などない僕が、それでも天野さんを守るために。
大切な、形あるものを守るために。
いいじゃないか。昔から狂っていたとしても。
いいじゃないか、たった今、狂ってしまったとしても。
僕が狂うことで大切な、本当に大切だと言える人を守れるなら、それでいい。
守りきれるなら、狂ってしまってもいい。
僕の、選んだ道だから。
――ああ、電波が心地いい。
【相沢祐一 サイレンサー付きの銃入手】
【長瀬祐介 コルト・ガバメント入手】