人でなくなるということ
ドックン…
なにかが聞こえる。
僕の耳に振動が伝わってくる…。
「初音ちゃん!! なにを!」
僕の近くに人がいる。複数。
「だって…。このままじゃ彰お兄ちゃん死んじゃうよ!」
耕一は血を流す初音の腕をつかみ、自分の方に引き寄せる。
「なんてバカなことを!!」
耕一も知っていた。次郎衛門の話。自分の前世の話だ。
瀕死の次郎衛門を助けるエルクゥ。その方法。
「バカじゃないもん! 私は彰お兄ちゃんを助けるの!
今まで助けてもらってばっかり…。私はいつも役立たず…。
そんなのもう嫌なの!」
初音はもがいて耕一の手を振り切ろうとする。
「離してよ! 離してくれないんだったら耕一お兄ちゃんなんてキラ」
パシィッ…
初音の頬を耕一が…叩いた。初音の体が床に転がる。
「え…ぐ…」
泣き顔でふりかえる初音。しかし口から出かけた言葉はそこで失われた。
耕一の…苦虫をかみつぶしたような表情。
「彰君は男だ…」
その言葉に初音の表情が変わる。
「あ…」
「もしも鬼の力を得て…。そして制御できなかったら」
怯えへと…。
「初音ちゃん。俺はね。この島で一度、鬼に変身したんだ…」
「えっ?」
力は封じられているはずなんじゃ?
その問いは表情にでた。
「俺は死にかけたとき、初音ちゃん達4人を守る力が欲しいと強く思った。
鬼の血の力。ひたすら力を求めたんだ」
初音はなにも言わない。言えない。
「結界とやらは『人間の操る人外の力』は封印できているみたいだが…」
彰に視線を移す。
「『鬼の操る人外の力』はそうはいかないのかもしれない。もし彰君が鬼に目覚めたら…」
(血…吐かせる…か?)
今からでも間に合うかもしれない。
彰を前に耕一は思案する。
しかし鬼の血でもないことには、死ぬ可能性が高いことは誰の目にも明らか。
「その時は…」
立ちあがった初音が、胸の前で拳を握っている。何かを決意したように。
「初音…ちゃん?」
「鬼になる前に私が…」
彰の方を向く。
あなたを殺します……。そして私も。
それはエゴ。なんで人で無くしてまで生き残らせたと怒られるかもしれない。
それでも私は…。彰お兄ちゃんにこのまま死んで欲しくない!
ドックン…
僕の中に何かが生まれる。
しかしそれはまだ、硬い檻に閉じ込められている。
そう。硬く、そして時にはもろい『理性』という名の檻の中に…。