おじさんへ
ええっと、あゆだよ。
おじさん、元気でがんばってるかな?
ボクは、元気だよ。
梓さん、千鶴さんと一緒にがんばってるよ。
も、もう…お荷物じゃないよっ!ほんとだよっ!
…ねえ、おじさん?
ボクね。千鶴さんが戻ってきて、みんなで学校出てからね。ずっと、考えてたんだ。
秋子さんって…おじさんは知らないだろうけど…秋子さんってひとがいるの。
強くて。怖くて。ボクを…連れて行こうとしていたんだよ。
それで梓さんも、千鶴さんも、あゆのために戦ってくれたんだ。
でもね。
そのときボクは…何もできなかった。だって、怖かったんだよ。
だれかに殺されるのも。だれかを…ころす…のも、ね。
おじさんも、戦うよね。怖くは、ないの?
あゆは…怖いよ。秋子さんの叫び声、一生…忘れないよ…。
……うぐぅ。
それあと、色々あって。
ボク、死んだことになってるよね。心配してくれてたら、ごめんね。
みんなで学校を出て、最初にお墓のところに行ったんだよ。
遠くにいたけど、煙がもくもくし始めたから誰かいるもしれないと思って、みんなで走ったんだよ。
そしたら、墓地だったんだ。誰も、いなかったけどね。
あちこちから煙が出ていてね。地下室の大きいやつ?みたいのが、ここにあったんじゃないかって。
あゆも、そう思ったよっ!かくれんぼと一緒だよね。
そのあと、森に入ったのかな。
そこで、お爺さんに会ったんだよ。おじさんよりも、お年寄りだったよ。
「千鶴姉…誰か、いるよ」
最初に気が付いたのは梓だった。
気配は、ひとつ。木の下でもたれかかるように、ぐったりと座り込んでいる。
大柄な男。耕一さんよりも、更に大きい。
そのひとは知人だったが、参加者ではなかった。
「!?…あなた、お屋敷の執事さん…?」
その声に老人は片目を開ける。
「む…あんた…鶴木屋の、お嬢さんか…」
鶴木屋のある敷地から、いくらか離れた所にある、別荘地最大の”お屋敷”の執事。
地元代表のひとりとして、千鶴は老人と面識があったのだ。
「耄碌、したものだよ…」
がはっ、と咳をする。もはや吐血か喀血か判断すら出来ない。胴体は、血塗れだった。
いくつもの穴が穿たれ、これでよく生きているな、と思うほどの血が流れている。
呼気は血の湿り気を帯び、どう見ても耄碌とかいう問題ではない。
「一体、誰に!?」
千鶴は老人に手を貸して、気道を確保する。
「なあに…哀れむことはない。
この下らぬ戯事を仕組んだ者どうし、仲間割れしたに過ぎんのだ」
自嘲をこめて語る老人に、梓が表情を固くして、腕を組んだまま尋ねる。
「どういう、こと?」
高槻の更に上に存在する長瀬の存在。その所業。
老人の口から語られる、彼らの絶望的な狂気の沙汰に、千鶴達は言葉を失った。
最後に彼自身の戦い、そして敗北が語られた。
「長瀬源三郎、ですか…」
千鶴が思い出すように、老人を撃った男の名を呟く。
「…腐れ縁、かしらね」
自宅の戸口に、飄々と、しかし貼り付くように立っていた地味な男の姿が目に浮かぶ。
「なあ、鶴来屋のお嬢さん」
千鶴を現実に引き戻すように、源四郎が声をかける。
「わたしを長瀬ではなく、来栖川の執事と呼ぶのなら…心残りは芹香お嬢様だけだ。
この老いぼれを哀れんで、源三郎を追うのは、やめた方がいい。
妙な薬を使っていて…あれは、獣と変わらぬ」
「執事さん、あたし達のこと、知っているんだろう?」
横合いから梓が遮るように尋ね、そして宣言する。
「獣が怖くて…鬼はやってらんないよ」
…そして娘達は去っていった。
わたしの最期が近いことを、知ってはいたのだろう。
しかし、わたしが求めるものは孤独な死である事も理解していたのだ。
「本当に、いいのかい?」
そう言って一度だけ確認すると、鶴木屋の娘達は、振り向くこともなく去っていった。
小さな娘だけは、いつまでも悲しそうにこちらを見ていたが。
…それすらも、慰めになった。
「…お屋敷の、執事さん…か」
ははは、と低く笑おうとしたが、代わりにごぼ、と血がせり上がってくる。
脳にまわる酸素が希薄になってきているのだろうか、思考も視界も薄れていく。
「来栖川の人間として、最期を迎えることができるとは…」
そして無音の世界に包まれる。
「…わたしは、果報者だな…」
そのまま平衡を失い、どさりと横に倒れる。
言葉は、自分に言い聞かせるようなものであったが。
源四郎は満ち足りていた。
ねえ…おじさんは、怖くない?
あのお爺さんみたいに、一人で、誰もいないところで、どこか解らないところへ旅立つなんて。
そんなこと、ボクにできるのかな?
今はみんなと一緒にいるけれど。
いつか、一人になる日が来るのかな?
ほんのちょっと前までは。
いつまでも、今のままだなんて信じていられたのにね。
世界は、ボクを押し流しながら変わっていくんだね。
だから、ボクも変わらなきゃいけないんだよね。
…ねえ、おじさん?
あゆ、がんばるよっ!
そうやって、あゆが思考を締めくくった、まさにその瞬間。
源四郎の情報を元に、岩場にある施設を捜す千鶴達の目前に立ちはだかっていた岩が、
ゆっくりと浮き上がるように持ち上がり、三体のロボットが姿を現した。
「「「只今ヨリ作戦ヲ実行シ、排除シマス」」」
慌てて岩陰に隠れていた三人は、素早く死角に回り込む。
「あゆ、頭引っ込めろ!」
「うぐぅ」
ロボット達は、そのまま千鶴達に気付く事もなく、足早に駆けて行く。
「…物騒なこと言ってたね」
「始末しましょう…わたしが右に回って、梓が左からね。
あゆちゃんは…撃てる?」
「無理しなくていいよ?
アレの場合、”殺す”わけじゃなくて、”壊す”だから気は楽だと思うけどね」
突然自分に話を振られて、あゆは少なからず動揺した。
しかし見た目には、それほどの時間を要することもなく。
彼女は銃を構えて言った。
「う、うんっ!
ボク…がんばるよっ!」
【長瀬源四郎(セバスチャン) 死亡】