生徒手帳を捧げて


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「ご、ごめんなさい……」
「ちっ、別にいいけどな」
 強化兵である御堂にとって、いくらふいをつかれたとは言え、目の前の少女の一撃など効きはしなかった。
 とは言うものの、出会い頭に殴られていい気のするものではない。
 殴られた原因が自分の顔にあるとも知らず、御堂は舌打ちをした。
「で、早速だがお前は誰だ? どうしてこんなところで居眠りこいてた?」
「答えてもいいけど……」
 繭はそこで、一旦言葉を切った。
「あなた迂闊じゃない? 初対面の相手に武器も構えないで。
 もし私が銃でも隠し持ってたら、あなたおしまいよ?」
 繭が警告を投げかける。
 だが御堂は、軽く受け流すだけだった。
「甘いな。俺はお前が動くのを見てからでも充分対処できる。
 その気になれば……」
 御堂の手が動く。
 次の瞬間にはその手にはデザートイーグルが握られており、その銃口は繭に向けられていた。
「わかったか?」
「そう。わかったわ」
 顔色一つ変えずに言う。
 本当にやる気になっている人間ならば、繭は気絶している間に殺されているはずだったからだ。
 相手の迂闊さを警告したのだが、どうやらその必要はなかったらしい。
「ならもう一度だ。お前は誰で、こんな所で何をしていた?」

 それから、繭はひとしきりのことを言った。
 自分の名前。誰を探しているのか。どういう信念で動いているのか。
 そして、教会での出来事、崖での出来事も。自分の知る限り、全部。

「はぁ、そんなことになってたのかよ」
 開口一番、おもわずそんな言葉が漏れた。
「そんなことって、何か心当たりでもあるの?」
「水瀬名雪と名乗るイカレた女に会ってな。
 連れの提案でそいつの後を追ってたんだが、なるほどねぇ」
「そうだったの……」
「おまけにそいつに止めを刺したのが祐一って野郎で、そいつはどこぞの女と一緒に崖から落ちたと」
 あいつが知ったらなんて思うだろうか、と、御堂は心の中で口に出した。
「じゃ、もうお前に用はねぇ。とっととどっか行っちまいな」
 冷たく言い捨てる。
「はぁ!? 人に訊くだけ訊いておいて、自分のことは何も言わないっての!?
 最低ね、オッサン!」
 繭が怒るのも無理はない。
「オッサンじゃねぇ、俺は御堂だ、覚えておけ!」
「うるさいわよ、オッサン」
「っ! このチビガキ……!
 まぁいい、俺はもう行くぞ」
 そう言って、御堂は歩き出した。

「なんでついてくる?」
 後ろを歩く繭に、そう問いかける。
「偶然でしょ。私は教会に向かって歩いてるの。
 誰もオッサンの後なんか追ってないわよ」
「さっきからオッサンオッサン……いい加減にしねぇとブチ殺すぞ!」
「あぁ、そう。じゃ、やればいいじゃない?」

 カチャッ。
 無言で銃を構える。
 視線が交錯する。
 その二人の間を、風が通り抜けていった。
 木々の葉がそれに合わせて静かに謳う。

 無言の対峙の中で、先に動いたのは御堂だった。
「ちっ……」
 銃を下ろして、再び歩き出す。
 ここに来てからの自分は、どうしてこうも甘くなってしまったのだろうか。
 間違いなく、一人の少女の影響だった。
 もっともそのことを、御堂は自覚していなかったのだが。

 教会に着いた。
 御堂はドアを開けようとして、何かを思い付いたように振り向く。
「チビガキ。一つ頼みがある」
「チビガキ言ううちは、きいてあげないわよ」
 御堂は無視して続けた。
「あ前から聞いた話を連れに話す。
 だが祐一って奴があの女を刺したことは、伏せておいてくれ」
「何よそれ」
 しばしの沈黙の後、言う。
「人間に夢見てるお年頃なんだよ」
「……」
「いいな?」
 繭は答えずに、こう返した。
「何があるのか知らないけど。
 あんた、顔に似合わず優しいのね」

 優しい?
 馬鹿馬鹿しい。
 土気が下がるのを避けたいだけだ。

 教会のドアを開ける。
「おっそーーーい! この、したぼく!」
 けたたましい声が鳴り響いた。

 互いに自己紹介をし、繭は教会での一件を詠美に話した。
 無論、祐一が秋子を刺したことは、伏せたままで。
 全ての話が終わり、詠美はつぶやいた。
「そう。結局死んじゃったんだ……」
 生徒手帳を取り出して、しみじみと見つめる。
「これは、やっぱりここに置いていった方がいいみたい……」
 てくてくと外に歩き、秋子の墓へ。
 生徒手帳を捧げて、静かに祈る。
 戻って来たとき、詠美は、元気だった。
 いつもの笑顔に、ほんの少しだけの涙をたたえて。

「で、お前は何をしに来たんだ?」
「忘れ物を取りに来たの」
 詩子と秋子の荷物を回収する。
 その際に御堂は詠美に何故拾っておかなかったのかとツッコミを入れた。
 詠美はふみゅーんと言うだけだったが。
「これでよしと。って、何これ?」
 繭は詩子の荷物に入っていたCDを取り出す。
「あ……」
 それを見た詠美も自分の荷物からCDを取り出し、見せた。
「……」
「……」
「……」
「これも何かの縁っ!」
 詠美が言う。
 御堂はただただ、頭を抱えるだけだった。

【繭、御堂・詠美と合流 一緒に行動】
【詩子、秋子の荷物は繭が回収】
【生徒手帳は墓に放置】

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