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Voiceless Screaming


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手、というのは、まああれだね。
人間っていう奴が人間であると言う証明と言うか、
もしくは理性の証明と言うものなんだと思う。
どうしてかって?
うーん……。
一口には説明しにくいんだけどね。
たとえば、何で”手”なのだろうね。
簡単さ、
”前足”じゃないからだよ。
え?
同じ様なものじゃないかって?
いやいや、そんなことはない。
前足では道具を造れない。
前足ではドアノブを握れない。
前足では倒れた人にさしのべることは出来ない。
前足では……彼女の手を握れない。

千切れた右手――。
それはまた一つの崩壊の形。
僕らを形づくるもの、その円環の亀裂。
須らく、人間と言うものはもろく弱いもので出来ているのだ――。


「……どうか、したかな」
少年は笑いかけた。
傷ついたものをさらに傷つけるようなことは、あまり好きじゃなかったから――。

「……」
その少女は何も応えない。
ただ、何かにおびえて、自分の体を抱きしめるような形で震えている。
……だが、その姿勢は心持ち左に傾いた、不自然なものであった。
その一点が、妙に――気になった。

「……」
荒い息。
恐らく叫び声の主は彼女だったのだろう。
なにか……彼女の心を襲う脅威が、森の奥であったに違いない。
だが、この言いようのない不安はなんだろう。
ここ数日の僕なら、真っ先に手を差し伸べていたようなものだ。
なのに……今はそれが出来ない。
どうしたと言うんだ?

「……」
おびえた瞳。
それは最初にここに現れたときに僕らを捕らえてから、
一度として一点に留まらない。
まるで、止まっていることそれ自体を恐れるように――。

「……」
郁未もまた動かない。
いや、どちらかと言うと僕よりさらに警戒の色が強い。
それは……、彼女の行動によるものだろう。
まだ彼女があらわれて少ししか立っていないが……、
彼女はまだほんの一瞬すらも”両手”を見せていない。
それが心配だった。
もし彼女が持っているのが拳銃や炸薬だったら……。
それを考えると油断は出来ない。
久しぶりの再会に、緊張が抜けていたと言うのか。
そう……、
本来この島で信頼できるものなど指折り数えるほどしかなく、
そしてそれですらも危ぶんでなお当然なのが今の状況なのだ。

「……」
彼女は……。
もしかしたら、ただおびえているだけかも知れない。
だが、僕はそれを殺すことになるのかもしれない。
紛散する不可視の力……。
血の衝動は、いつ、どの瞬間に僕に襲いくるのか分からない――。


だが――。

ピチョン……。

状況は――。

「!?」

いつも――。

「……血?」

僕の意志と無関係に動く――。


「いやああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
そのフレーズが合図のように、彼女は叫びだした。
必死に隠していたものが、とうとう見える。
見たくなかった現実。
認めたくなかった事実。

彼女の右手は、その腕の先が無かった――。

ひゅん。

風を薙いで、なにかがひっかかる。
これは――。

「……ピアノ線!?」
僕の腕を掠めたそれの標的は……郁未!?

「……え?」
郁未の体を一瞬で巻く。
そしてそれが彼女を――。

プツン。

「……!?」
その男は、ほんの少し驚愕した様子で後ろずさった。
……叫び声に飲まれた一瞬を見計らって、この男は襲ってきた。
まるで……暗殺者のように。

「くっ!」
郁未は向き直って包丁を構える。
……そう、偶然にも包丁の刃が内側から糸を断ち切ってくれたのだ。
そして、僕も同じように本を一ページ、切り取って構えた。

「……だろ」

男……、いや少年が何かを呟いた。

「殺そうとしたんだろ? 彼女を」
くすんだ光を灯す瞳に、乾いた笑みを浮かべる口元。
その表情は……正常であったと果たして言えたのか?

「分かってるんだよ……君たちも一緒なんだろ。
 その包丁でで……ああるいは二人ががかりででで……。
 ダメメメメメだよよぉ? さ、ささせないよぉぉぉ?
 ぼ、ぼ、ぼぼぼ僕がいるるるrうちは。そんなことははは?
 僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が僕が
 僕が僕が僕が僕が僕が彼女彼女彼女彼女彼女彼女彼女彼女
 彼女彼女彼女彼女彼女彼女彼女彼女彼女彼女彼女彼女彼女
 彼女彼女彼女彼女彼女彼女彼女彼女彼女彼女彼女彼女彼女
 ののののののののことことことはははははは守る守る守る
 るるるるるまもるまもるるまもるんだだだだからだからだ
 からららら……」

――頭が痛い。
……何かが浸食してくる。
脳が……チリつく。
ナンダ……コレハ?
不可視の力じゃない。
だが、何かそれに似ている……。
苦しい……いや、これは――。

狂気は、伝染する――。

狂う。
そうだ。
まるで、
あの時の僕のように――。

ドクン!!

鼓動。
再び、脈打つ。
来る。
狂気が来る。
この程度の電波など歯牙に掛けない、
内面からの脅威が――。

ドクン!!

血が、騒ぐ。
血が、うねる。
血が、沸く。

横目に映るあの子。
郁未。
同じように、彼女も苦しそうな顔をしている。
そうだ、ならば楽にしてあげなくちゃ。
速く痛みから開放してあげよう。
つまらない”意思”に喰われてもがくなど彼女に似合わない。
僕が――。


                                   ・


――そんなことが、容認できるか。


                                   ・


目の前を望む。
頭の中の狂気ではない、
目の前に迫る現実の狂気。
紅い色を映す鋼線を引いて、彼は僕に迫っていた。

銀色の輪は、思ったよりも俊敏な動きをする。
これに囚われたなら、あっという間に体が輪切りにされていくだろう。
だから……。

ギィィィィィンンン!!!

軋んだ厭な金属音。
彼は糸を、僕は紙を振るった。
そして、糸は断ち切られ、紙の断面は使いようにならないほどボロボロになった。

「ぐぅぅぅぅっっ」
低く彼はうなる。
僕はすかさず新しい紙を切った。
そして彼もまた武器を補充する。
胸から何かを取り出した。
黒い小さなもの……、
……拳銃!?
彼は寸瞬に撃鉄を起こし、迷わず僕に向ける。

「!?」
だが、それは思い通りにならなかった。
郁未が、飛びついた。

「くぅぅぅぅぅぅっっ!」
「ううううぅぅぅぅぅ……」
彼の後ろから組み付く形で両手を抑えている。
ますい、これでは……。
僕は駆け出した。
間に合うか……!?


「ぐぅぅっ!」
「あうっ!?」
彼の肘打ちが、郁未の薄い胸板を強打した。
あえなく郁未は倒れる。
そして彼は郁未に銃を向けた!

パァァァァァアアアアン!!

「んぐがぁぁぁぁぁあああああ!!?」
「……え?」

呻き声が漏れる。
低くうなる叫び声が。
――それは、彼からの叫びだった。

カシャっっ。

着弾のショックで、彼は拳銃を取り落とした。

「逃げろ、郁未!!」

郁未は慌ててそこを離れた。
――僕がとっさに投げた”本”。
それは完全にその弾道を遮断し、そして完璧に銃弾を跳ね返した。
……反射した銃弾は、まごうことなく彼自身を標的とした。

「うおおおおおおおおおおお!!」

ガッッッッ!!

僕は全体重を乗せた蹴りを見舞った。

「ガァァアアあっ!?」
吹き飛ばされる彼、だが、まだ甘い!

「くっ!!」
その瞬間に、彼の顔面を拳で殴りつけた。

ごすっ。

鈍い音がして、そのまま彼は崩れ落ちた。

「はあ……はあ……はあ……」
なんとか……なった。
僕は安心して息をついた。
一瞬、だけどずいぶんと精神をけずるきつい時間だった。
僕らの精神を蝕んでいた気は、いつのまにかどこかへ消えていた。
僕は……郁未のほうを向いた。

「……」
すこし気持ち悪そうではあるが、彼女もまた健在だった。
さしたる怪我も無いようだ。
口の端を軽く吊り上げて、笑う。


――失念していたことが、二つあった。


「!?」
郁未の顔が歪む。
これは……。

振り返る。
そこにあったのは――。

「――君は」
右腕を失ったままの少女が、左手に拳銃を構えて立っていた。

彼を蹴り飛ばした時に一緒に跳んでいった拳銃、
まさかそれを拾われるとは……。

「……」
彼女はにこりともしない。
そしてその視線は僕たちに向いていない。

「……祐介さん」
そのまま、ゆっくりと歩みを進める。
倒れた彼のところまで。

そしてあるところまでいって、止まった。

「……」
少女は、無言でにっこりと微笑んだ。
僕たちの前で見せる、初めての笑顔……。

――もう、いいですよ。

だぁん!

彼女は発砲した。
銃弾は、彼女のももの辺りを貫いた。
銃弾の反射で捻じ曲がった銃口と、彼女の低い握力を以ってすれば、
それは当然の結果だった。

彼女は、そのまま倒れた。
そして、示し合わせたかのように、彼が起き上がった。

倒れている彼女を見ても、彼は何も言わなかった。
その片方しか無い手から拳銃を構えると、
まっすぐ僕らに向かって構えた。

――にぃっ、と彼は笑った。

バァァァアンン!!

そして、
今度は銃弾が放たれるまでも無く、
それを中心に爆発を起こした。

彼は、そのままどさっ、と倒れこんだ。
そして、二度と起き上がってくることは無かった。

捻じ曲がった銃口、果たして彼はそのことを気付いていなかったのか?
それとも――。


安らかに、眠る。
まるで、さっきまでの血で血を洗う戦いが、
全て無かったかのように安らかに。

煙る硝煙、
破損した拳銃、
断ち切られた糸。
弾痕のついた本、
放置された包丁、
横たわる二つ、
立ち尽くす二つ、
何ものも何も語らない。
少年と郁未は、ただその一瞬の出来事に流されるだけ――。

……ゲームは、既に佳境へと映っていた。


                             ・


――ごめん、天野さん。


                             ・

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