束の間の夢。


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びくり、と、――長瀬祐介の身体が動くのを見て――
まだ、死んでいなかったのか、と――少年は、心底不可思議そうな顔をした。
赤く汚れた身体で、
泥にまみれ、這い蹲って――
――少女。
天野美汐の元へ。
彼は死んでいないのだろうか?
あれ程の傷を受け。
――その、芋虫のような様子を、二人は――止める事が出来なかった。

たぶん、僕、長瀬祐介は。

もう、死んでいたのだと思う。

意志はなかったから。

意味もなく、

守りたかった人の手を。

握りたいと思ったから。

守れなかった人。

けれど、せめて。

そして、漸く、君の横に辿り着いた。

目を閉じて、眠る君をみて、

どうしようもなくなって。

だから、手を握った。


――私、天野美汐は、激痛と共に目を覚ました。

確かに、私は殺された筈だった。

ずきり、とお腹の辺りが痛む。
だが、痛むだけだ。
私は生きている。
だが、何故だろう?

そもそも、ここは――何処だ?
辺りを見回すと、――ドアががちゃりと開いて――喜びに震えた、声が聞こえた。
「――天野さんっ!」
それは、長瀬祐介の声だった。
「長瀬、さん?」
「うん、うん――僕だっ――良かった、目を、覚ましてくれた――」
そう云って――泣きじゃくる。あの素敵な笑みを浮かべながら、涙を流す。
「あの、ここは、何処ですか?」
まさか、と、私は、思った。
「そうだよ。――僕たち、生き残れたんだ!」

あれから――自分たちが殺されたと思った時、すぐ、七瀬彰達が駆けつけ、あの少年達を殺したのだという。
瀕死だった自分達は、それでも辛うじて息はあり、すぐに手当をされたのだ。
そして、――私が眠っている間に。
脱出の手段が見つかり、そして――意外あっさりと、帰って来れたのだという。

すべてが、あの戦いのすべてが――夢だったのだ、という、訳ではなかった。
それが一番望むべき形。
自分の右手首は、確かに、ない。
真琴も、いない。

けれど――

「それで、あの」
ここは、何処だろう?
「――僕の、部屋だよ」
そう云って――祐介は、笑った。

「あれから、皆散り散りになった。大切な人を失って、皆、きっと大変だと思う。
 殺人ゲームが明らかになって、皆、色々苦労してる。天野さんのところにも、
 色々、色々来ると思う。きっと、好奇心で、傷つける人が」
少し緊張した顔をする。
そして意を決したかのように、祐介は云った――。
「だから、一緒に、――暮らそう」
「え?」
「僕は学校を辞めて――というか、辞めたくなくても、行きようもないからね。
 だから、働くつもりだ」
何を云っているのだろう。
「君を傷つける人から、僕は、君を守りたいと思うんだ」
――この人は。
「私は――」
「本音を言えば、ずっと、君と一緒にいたい。君の事が本気で好きみたいだから」
「私も、大好きです、だけど――」
「真琴さん、の、事?」
――そう。
私の脳裏によぎったのは、その名前。
二度と会えない、トモダチ。
「彰兄ちゃんが云っていた事を鵜呑みにするつもりはない。日常なんて何処にでもあるから、
 すぐに見つけられるなんて。昔、確かに日常はあった。変わるはずのない日常が」
僕にだってあったから。寂しそうに、そう笑う。
「忘れちゃいけない。大切だった人の事、そして――大切だった、変わらないはずのカタチを。
 だからこそ、僕は、君と一緒に暮らしたい、と思う」
誰より、君の悲しさを知ってるから、失った悲しみを知ってるから。
そして、君も、僕の悲しさを、きっと誰より知っていてくれるはずだから。
「だから、暮らそう?」

――私の返事は、決まっていた。

私達の暮らしは、順風満帆という訳にはいかなかったが――それでも、
それなりに、何かを守りながら、見つけながら。

――あっという間に時は過ぎ、季節は冬になっていた。
雪がちろちろと降り出すのを見て、

やはり――真琴の事を思い出す。

「――どうしたの、天野さん?」
「いえ――少し、思い出しただけです」
雑踏を歩きながら、私達は手を繋いで歩く。
「――そっか。冬、か」
早いね、と云って、祐介は笑った。
私には右手がないけれど、祐介は、私の左手を、誰より強く握ってくれていた。

「真琴の事を、少しだけ、思い出しました」
「――そっか」
祐介は、何も云わずに私の手を牽く。
それにしても、寒いね、と、祐介は呟いて――
「肉まん、食べようか?」
そう云って、笑った。
そして、強く、手を牽いて――

その手が、何より温かかったからこそ――

私は、初めて、そこに――日常を感じた。
思い出よりも強い、何かを。

「祐介さん」
「何? 天野さん」
「天野さん、って呼ぶのは今日でお終いです」
「はぁ?」
「美汐、って呼んでください」
「て、照れくさいな……」
「呼んでくれないとキスしてあげません」
クリスマスにキスもしないカップルなんて馬鹿みたいでしょ?
私は、悪戯っ子のように笑う。
久し振りに、心から、笑った。
「――分かったよ。み、美汐ちゃ」
照れくさそうにそう云う祐介の唇を――私は塞いだ。すべて云わせる前に。

ジングルベル、ジングルベル、鈴が鳴る。
そんな唄が聞こえて――

長い、長い抱擁。
通行客がひゅーひゅーと冷やかすが、そんなの関係ない。
柔らかな、暖かな祐介の唇に――もっと、触れていたかったから。

「こ、こんな人通りの多いところで」
ぷはぁ、と云う音と共に、祐介は顔を真っ赤にして不満を言う。
「別に私は構いませんよ。恥ずかしかったですか? 私とキスするの」
「べ、別にそう云う事云ってるんじゃないよっ、天野さんがっ――」
「美汐、です」
――私は、もう一度笑った。

新たな日常を、見つけられた事を祝って。

――天野さんが、少し、笑ったのが、見えた。

死に至る眠りの中で、笑った。

僕の、少しだけの、弱い電波が、きっと――

彼女に――束の間の、素敵な空想を、

見せる事が、出来たのだろう。

生きていたなら、守れたなら、確かに生まれたはずの、日常。

今度こそ、僕の意識は途絶える。

暖かな手。

好きだった人。

守りたかった――美汐ちゃん。

畜生。

なんて、無様。

僕は、空を見ようとして。

結局、それを見る事も出来ず――

終わった。

――漸く。


【005天野美汐 064長瀬祐介 死亡】
【少年、郁未 その場に留まるが、それから後の行動は不明】

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