分断


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風が吹いていた。
さらさらと風の揺れる音だけが流れていく。
――静かだ。
森の中、仰向けに倒れたまま北川は思う。
右腕は、まだ痛い。表面だけ引き裂かれたかのような傷が、肘の上から手首まで広がっている。
表面は、とりあえずシャツで縛り直してある。
だが、当然ながら後々消毒が必要になるだろう。
傷口が腐るのだけは勘弁だ。
一応レミィが舐めた、と思いたい。
違う。
舐めたかもしれないが、それでは消毒にはならない筈だ。
気分的な消毒にはなったが。
鳥の鳴き声。
木々のざわめき。
そして――近付いてくる足音。
起き上がる。
咄嗟に、右手に握られた大口径マグナムを向けた。
北川が見たのは――ピンク色の触覚?
何だそりゃ。

「動かないで――」
がちゃり。
鉄の音。
触覚少女の手には、確かに銃が握られている。
突然撃つような真似はしないらしい。助かった。
正直、片手でこの銃が撃てる気はしない。
外して。その後、頭が吹っ飛ぶのが目に見えるようであった。
その上、だ。
「スフィー……?」
触覚少女の後ろから、声。なるほど、スフィーという名前か。
後ろから、もう一人、少女が姿を現す。気の強そうな女の子。
しかし、赤く泣きはらした様な目――
おいおい、せっかくの美少女が台無しだぜ?お嬢さん。
二人目の少女が、北川の存在に気付いたらしい。
まるでウサギのような目を、きっ、と細める。その手に銃を握った。
デザートイーグルか――。
「誰よあんた――」
ひやりとした空気。
どうも、この子はヤバそうだ。銃を向けているのは得策ではなかろう。
降参のポーズを取ろうとして――一度、止める。
口を開いた。
「なぁ――両手を上げても撃たないでくれよな?」



「それで、お前も捕まったってわけか」
「捕まったとは失礼だな!俺はお前みたいに縛られちゃいないぞ」
「似たようなもんだろ」
暗い空間。
湿気。カビくさい空気。
古びた小屋の中に、二人の男の姿が在った。
「あんだけ叫んで走ってったのにな。いきなり捕まってたら世話無いな」
へっ、と皮肉げに、北川。
「こいつらが相手じゃなかったなら助かったんだがな」
憮然とした様子で、祐一。その両手は、未だに縄で縛られたままだ。
祐一の台詞に、結花が睨み付ける。
「――うるさいわね。黙ってなさいよ」
「うるさくしたつもりは無いぞ」
「うるさいっつってんのよ。猿ぐつわでもかまされたいの?」
「良い趣味してるな――」
ゴッ!
「痛ぇ!」
「……やっぱ殺そうかしらこいつ」
「ゆ、結花……」
参ったな、といった様子でスフィーが口を開く。
どうもこの二人の相性は宜しくない。
口を開けば拳が飛ぶといった感じだ。
それは、北川がここに来てからも変わってはいない。
「はー……」
溜息をついたのは、北川。
もう一人の少女は、ただ、静かに佇むのみ。

近くにレミィの姿は無い。
――捕まった時に、それなりに仲間が居る事は主張した。
結果はこれだ――要は、信用できないという事だ。武器も全て奪われている。
ある意味、正しい選択とは言える――
生き残りを賭けたゲームの中で、多数の来訪者を歓迎するとは思えない。
それに、万が一、敵であったとしても。
捕虜を使えば、生き残る可能性も増える。
だが。
――レミィ。
何処に居るのか。
あれから少し経ったが、彼女は北川が居ない事に気付いたのだろうか?
目の前の少女達は、また散策の為の準備を始めている。
一応、レミィの事に関して触れておいた。彼女達が見つけてくれれば助かるのだが。
――まぁ、後はレミィが下手な事しなきゃいいんだけどな……。
その自信までは無い。
出るのは、先程スフィーと名乗った触角少女。
そして、滅多に口を開く事の無い、魔法使いのような格好をした少女。コスプレだろうか?
それにしても、北川はまだ彼女の声を聞いた事が無い。
――で。結局残るのが結花という名の少女である。
今のところ、北川は彼女に殴られた事は無い。
どちらかと言えば(祐一よりは)優遇されていると言える。怪我の為だろうか。
「じゃ、行ってきます」
「………」
準備は終わったらしい。少女達が、戸を開く。
明るい光が差し込んだ。眩しい。溶けそうだ。
「私は、こいつらを見張ってるから。大丈夫、下手な事はしないわ」
はは、と苦笑するスフィー。
そうして彼女は戸を閉めた。

差し込んでいた日差しが、消えた。



【029北川潤 捕虜となる 武器一式没収済み】
【094宮内レミィ 不明】

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