侵入


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HMたちが出てきた、換気口の偽装岩の下で。
あたし達は怪しいおっちゃん率いる、怪しい一団と遭遇した。
このおっちゃん、あたしを負かすほど強いんだけど…何度見ても怪しい。

まず、いきなりここに現れたのが怪しい。
次にツレの動物達が怪しい。
とどめに顔が、何より怪しい。

「う、うるせえぞ女!」
あ、ごめんごめん、声に出してたよ。

さて。御堂と名乗る、このおっちゃんに監視がついていることを考えると…。
出入り口付近に腰を据え、口論するのはあまりに危険な行為だった。
だからあたし達は、おっちゃんの言う通りにさっさと入り口へと突入したんだ。
もともと換気口なだけに、通路は急で…というかすぐに垂直になっており、備え付けの梯子を使う
ため仕方なく、いや幸いにして、怪しい動物達には外で待機してもらうことにした。

梯子の前で、全員が輪になって立ち止まる。
迷うことなく先頭を買って、おっちゃんが降りようとする。
「待ちなよおっちゃん」
「なんだ女」
忌々しげに睨んでくる。いや、これが普通の顔なのかもしれない。
「とりあえず、おっちゃん最後な」
「なんでだ」
そう言って不服そうな顔をする。いや、これも普通の顔なのかもしれない。

口論するのも無駄なので、スカートのすそを軽くつまんでヒラヒラさせながら説明してやる。
「あたし達の服、スカート短いんだよ」
「したぼく、スケベ」
「人間として最低ね」
「ぐ…くっ…ししし仕方ねぇ、後詰めは俺が、やってやる」
おっちゃんは怒りからか照れからか、顔を赤くして折れた。

…詠美に、繭。
おっちゃんのツレ二人とは気が合いそうだ、あたしはそう思った。


虎の子であった、戦闘用HM-12の最期。
源五郎は、もはや何も写しはしないモニターの前で、倦怠感に見を苛まれていた。
警護のHM2体に維持を任せ、放心したまま長らく座り込んでいる。
…何度か通信が入ったが…HMに休息中といわせ居留守を使った。

「なんと…裏から御堂がきたか……これまで、かな…」
先ほどレーダーが御堂を捕らえた。
当然通気口にカメラはないが、三体のHMからの返事がない事を考えると、おそらく御堂に
やられたのだろう。
明らかに現状が芳しくないことは理解しているが、何もやる気が起きなかった。
廃人のように動かぬ主人に対し、HMは普段と同じ調子で、淡々と現実を述べる。
「正面口から侵入者です」
「…何?誰だ?」
さすがに源五郎も、乏しい気力を振り絞り重い腰を上げる。

端末を変え、施設入り口のカメラ画像をオンにする。
「なんと…生きていたのか…」
醜く鼻血を滴らせたまま、よろよろと這いずる長瀬源三郎をモニター越しに確認すると、
源五郎は大きく溜息をついた。

入ってくればいいと言った手前、何もしないわけにもいかない。

…今の情況で入ってくるのが、助かる道とも思えないのだが。
「キミは入り口まで行って、手を貸してやり給え。
 それからキミは医務室からキャスター付きのベッドを運んで、迎えに行ってくれ。
 治療を終えたら戻ってきて、維持作業を続けるように」
HM達へ簡単に指示をすると、再び源五郎は座席に沈み込んだ。


空気の通り道は、人間の通行を優先して考えてはいない。
足場は悪く、道は暗い。
巨大なファンの隙間を抜け、何枚ものフィルタの脇を通り。
ようやくあたし達は人間用の通路に入ることができた。

遠くから風の音が、奇声のように耳に貼り付く。
そのシリアスな共鳴音に混ざって、怪しい動物達の妙な鳴き声も、かすかに聞こえる。
(ぴこぴこ〜…)
(しゃー…)
(クワァ…)
(にゃー…)
(敵陣突入のBGMがこれだなんて…っていうかドナドナ?)
隣で千鶴姉もコメカミに手を当てている。

「ふみゅーん…埃だらけじゃないのよぅ」
上で詠美がこぼしている。
あゆの「うぐぅ」といい、おっさんのツレは変な口癖の娘ばっかりだ。
隣で繭が、あたしと同じようにあきれ顔で上を見ている。
…まともなのも、たまには居るようだ。いや、ホントにたまたまだろうけど。

施設に注意を戻す。
…どうやら、人の気配はしない。千鶴姉と二人で、少し周囲を窺ってみたが人影はない。
危険がないのを確認し、みんなの所に戻るのと、おっちゃんが降りてくるのは同時だった。
「あらよっ、と」
音もなく着地するやいなや、おっちゃんが感心したように口を開く。
「それにしても…幽霊が三人とは驚いたな。
 結局のところ、一体どういう仕組みだったんだ?」
あたしではなく、千鶴姉の方を向いていた。

「そう言うあなた方こそ…詠美ちゃんは、一体どうしたんです?」
全員ぞろぞろと歩きながら、千鶴姉も不思議そうに尋ねる。
おいおい千鶴姉、おっちゃんと普通に話してるんじゃないよ。おっさんが感染るよ。
「ああ、こいつゲロ吐きやがったんだよ。
 たぶんそん時に発信機みてえなモンを吐いたんだと思ってるんだが…」
廊下の角で警戒しながら、おっさんは小声で答える。
なんと、おっさんのくせして、意外と切れるじゃないか。感心したよあたしゃ。

誰もいないのを再度確認し、千鶴姉とおっちゃんは情報を交換しあった。
そういや千鶴姉は、地元の会合でおっさんの相手をするのが実に上手かった。
オヤジ殺しってやつなのか。耕一もおやじ臭いし。

「さっきから、うるせえぞ女っ!」
「あ、梓!一言余計でしょ!」
あ、ごめんごめん、声に出してたよ。

「おい千鶴さんよ…一言だけなのか…」
おっちゃんが悲しそうな顔で千鶴姉に尋ねる。
「現実は、厳しいものよ」
ああ繭、あんたも厳しいね。


いつしか千鶴姉とおっちゃんの情報交換は、情況予想に変わっている。
「…じゃあ何か、コイツ吐いたはいいが即バレちまってるかもしれねえのか」
千鶴姉の予想と経験に対して、いくつか質問したあと、おっちゃんは締めくくりに尋ねた。
「はい…想像の域は出ないんですけれど。
 杞憂でなければ、たぶん擬死だとばれているでしょうね」
「ははは、空からの監視に対して杞憂とは、上手い物言いだな」
おっさんが笑う。無気味な笑いだ。

千鶴姉は、さらりと流して答える。
「そういうわけで御堂さん。
 ここから出る時は、お先にどうぞ…わたし達は後から出ますので」
「ああ、解ってる。だが残念だな。
 知り合いを除けば、この島に来て出会った相手と初めてまともに話せた気がするぜ…」
やるな千鶴姉、おっちゃんの信頼をゲットだ…オヤジ殺し、おそるべし。

「お前ぇが、いなけりゃな…」
あ、ごめんごめん、声に出してたよ。

「ねえ、したぼく。これ何よ?」
そこで詠美が何かを発見する。
「げぼくだ」
「げぼくね」
おっちゃんと繭が訂正する。
「…下僕じゃねえっつうの!」
自分で訂正しながらおっちゃんが逆ギレしする。

”下僕”のことなんだね、と理解しつつ長くなりそうなので、途中で間に入る。
「あーはいはい、訂正はいいから。
 千鶴姉、おっちゃん、これ配電盤じゃない?」
巨大なパネルには、いくつものスイッチ。電球が点灯しており、機能していることを示していた。
全員で、食い入るように配電盤を見つめる。
医務室、倉庫、マザーコンピューター、HM給電所、冷蔵室…いくつか気になる名前がある。

部屋数から推測するに、施設自体は小ぶりなようだった。
隣にある施設見取り図に興味を移し、場所を確認する。
純然たる軍事施設ではないのだろう、兵士の詰め所のようなものは見当たらなかった。

『第四通気口換気扇』のランプが消えているのを、あゆが発見する。
「さっき通ったの、ここかな?」
そう言ってスイッチに手をやるあゆを、おっちゃんが制止する。
「コラ待てって。
 獣どものところに戻れなくなるだろうが」
凶悪な顔に似合わぬセリフを吐いたりする。

「おじさん?」
あゆがニコリと笑って、おっちゃんに話し掛ける。
「なんだガキ」
「おじさん…やっぱり、やさしいねっ」
「う…うるせえっ!」
おっちゃんがそっぽを向く。

なんと、あゆはオヤジ好きなのか?
そういや廊下に降りてからずっと、おっちゃんにベッタリだ。
…あゆ、怪しいオジサンについて行っちゃダメだって、習わなかったのか?


【獣軍団、通気口出口にて待機】
【御堂、繭、詠美、千鶴、梓、あゆ 配電盤および見取り図の前で今後の方針を考え(?)中】

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