怨恨の牙


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「あ、長瀬様」
そう言ってくる兵士に軽く目配せだけして、椅子にどっかと腰掛ける。
そして、この島の様々な場所にに備え付けられたカメラが映し出す、モニターの数々に目を遣る。
そのモニターに移る、島の様々な風景。
森、草原、住宅地、川、海。
こんなゲームの為だけに、よくもまあこれだけ用意したものだ。
……全く、本当に我々は気狂いの集まりだな。
下に降りて来て、改めてそう思う。

俺が下に降りてきた理由は、名目上は
「体内爆弾を爆破させることはもうないのだから、参加者の反乱で減った兵士の分を手伝ってやってくれ」といったもの。
ま、実際のところは、しつこく反対していた俺や源一郎を鬱陶しく感じたんだろうな。
手元に居られては、いつ反乱するか分かったもんじゃない、と思ったのかもしれん。
御老にとっては、俺がこの地上で野垂れ死にするのが理想的、というワケだ。
いいさ。
罰は受けてしかるべきだ。早いか遅いかの違いでしかない。
御老もいずれは罪を償わなければならないのだから。

そして俺は、再びモニターと向かい合い、人が死んでいくサマを見続けるという、世界一悪趣味な仕事を続ける。
死にゆく人間のその中に……彰や祐介の姿を見たら、俺はどう思うだろうか?
殺した奴を憎むだろうか?
いや、憎むべきは、自分自身であるべきだ。

…その時になってみないと、分からないな。
……その時なんて、来て欲しくも無いが。


だが、『その時』は、来た。

島に響き渡る渇いた銃声を、集音マイクは逃さなかった。

そしてフランク長瀬は、たまらずモニターから眼を背けた。
たった今画面の向こうで息絶えた人物は、他ならぬ長瀬祐介だったからだ。

乗り出していた身を椅子に戻し、定まらない視線で呆然と天井の蛍光灯を眺める。
自分の目が確かなら、間違いなくたった今、長瀬祐介という存在はこの世から抹消されたのだ。
「うわぁ、また死んだか」
背後で、名前もない端役兵士Aの声。
あったかもしれないが、どうでもいい。知りたくもない。
「これで残り何人だ?……っと、23……22人だっけか?」
次いで、端役兵士Bの声。
所詮他人事としか認識していない、気楽な、声。
「ったく、早く終わって欲しいぜ」
そう言って、Aが笑う。
「ま、4分の1以下まで減ったんだ、もう少しだろ。……それより、どうだ?コーヒーでも」
そう言って、Bが何処からかコーヒーを持ち出す。
…………馬鹿野郎。それは俺が自分のために煎れたコーヒーだ。
「…ん、美味い」
ずずっ、と下品な音を立ててコーヒーに口をつけたAが言った。
……そうだろ、美味いだろ?
何と言っても、俺の煎れたコーヒーだ、美味くて当然だ。
いつからだったか?
遊びに来た祐介が、俺の煎れたコーヒーを苦がらずに、「美味しい」と言ってくれるようになったのは。
『やっぱり、いつ来てもこのコーヒーは美味しいです』
そう言って、穏やかに笑う祐介は、もう居ない。
そんな祐介の笑顔を、奪った奴が、居る。

祐介と彰がこのゲームに参加することに反対したのは、俺と源一郎だけだった。
他の長瀬は、「これも運命、諦めろ」とか意味不明な事を平然と言ってのけた。
納得できるわけもない。俺たちは執拗に抗議しつづけた。
そんな俺らに対して、他の長瀬は『説得』と言う名の『脅迫』をかけてきたよ。
そうだな、誰だって結局は自分の命は惜しい。
かといって俺の命と引き換えに彰達が救われるわけでもない。殺され損。これじゃ呑むしかないじゃないか。
だから、俺と源一郎は結局何もしてやれなかった。せいぜい爆弾という自爆装置を外してやる事だけ。
俺の力が、至らぬばかりに、彰は瀕死の重傷を負い、そして祐介は、
死んだ。

誰が悪い、と訊かれれば、俺が悪い。
俺の力が至らなかった所為なのだから。俺が彰を、祐介を護ってやれなかった所為なのだから。
……だが。
だからこそ。
祐介を殺した奴を、俺は許さない。
それは、俺のエゴなのだろう。
結果として、俺が間接的に祐介を殺したと言うのは、疑いようも無い事実だ。
この島のルールを考えると、いつかはこんな事になるのではないかと言う覚悟のようなものもあった。
それでも、俺は祐介を殺した奴がのうのうと生き長らえるのを許してはおけない。
『監視者』として、参加者に自分から手を出すのはタブー。
俺が行動を起こせば、恐らく、いずれ俺も消される運命にあるのだろう。
…構うものか。
俺は、祐介の未来を奪った奴を許さない。
それだけだ。

敵は5人に増えた。
もしかしたら、仲間割れを起こして互いに削りあうかも知れない。
勝手にやれ。
俺は、奴一人殺せれば良い。
だから、奴だけには死んでもらっちゃ、困る。
俺が殺せなくなるからな。

防弾チョッキを着込み、拳銃を手にする。
……重い。
何せ普段コーヒーカップを持ってばかりの手だ。余計重く感じる。
「長瀬様、どちらへ――」
そう言い、Aが駆け寄ってくる。
そうだな、俺の決意を固める必要がある。
後に退きたくても退けなくなるように。
銃を構え、Aが身構える前に、Aの額に銃弾をプレゼントし、黙らせる。
「――ぁ」
遺言の一つも残せずに、Aは逝った。
鮮血を撒き散らしながらゆっくりと崩れ落ちるAの後ろで、Bが叫ぶ。
「な、なにを――!」
端役に発言権なんてものはない。
Bにも同様に、コーヒーの代わりに銃弾を差し出して、また黙らせる。
Bもまた、Aの上に覆い被さる様にして、倒れた。
そして、静寂が訪れる。
……さあ、後には、退けなくなった。
何故か、口元から笑みが零れた。

自分以外動く者のいなくなった部屋の中で、
もう一度モニターの方を振りかえる。
そして山の様に並べられた数々のモニターの中、そのひとつを見る。
決して映りの良いとは言えないその画面の中には、1軒の民家。
複数人が輪となって協力態勢を作り、今はそこで暫しの休息を取っている。
……その中に、彰も居る。
どうやら、あいつはこの島で死ぬより大切なものを見つけたようだ。
まあ、確かに、見た目は、ちょっと、アレだが、な。
信頼できる仲間もいる様だ。心配無い。心配無いさ。
そう思わないと……俺はここから動けない。
奴を殺したその後に、もし俺が運良く生き長らえるようなら、
……そうだな、脱出の手伝いでもしてやるか。
…そんなこと言っても、今更信用されずに、殺されるかもしれんな。
仕方ないさ。このゲームが始まってしまった時点で、俺が罪を犯した事は確かなのだから。

一歩一歩、戦場へと繋がる扉へと近づく。
長瀬。監視者。ゲーム。全てどうでも、いい。
もう俺の頭の中には、奴が苦しみ、のた打ち回りながら死んでいくイメージしかない。
それさえ見れれば、死んでも構わんさ。
奴にも、祐介と同じ苦しみを味あわせてやる。
それが、俺の人生、最後の生きがいだ。
さあ、行くか。
奴の未来を、奪いに。

そして、監視所の重い扉を、開く。

【フランク長瀬 少年を殺すため、「監視者」としての義務を放棄】
【所持品等は任せます。他にも何か持っているかもしれません】

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