朱-AKA-


[Return Index]

 重い沈黙が辺りをずっと支配していた。
 その場の五人は腰を下ろしたまま、先程から一言も発していない。

 沈黙は金なり、という言葉があった気がする。
 黙っているだけで金になるのなら、今頃俺たちはウッハウハだな。
 ラーメンセットも食い放題だ。セットのライスをチャーハンに替えるという贅沢も思いのまま。

 などと諺を曲解しながらも、国崎往人は目の前の二人からは視線を逸らさない。
 いや、逸らせかった。

 先程、二つの死体を弔いたいという少年の申し出があった。
 往人はそれを断ろうとしたのだが、横に座っている少女――神尾観鈴のお願いにより、
 渋々同意する羽目になった。

 往人は思う。
 観鈴は純粋過ぎる。この世の中に悪意が溢れていることを知らない、いや信じられない。
 それは。吐き気がする程に悪意渦巻く、この馬鹿げたゲームの中でも揺らぐことはなかった。
 それが、彼女の長所だとしても。今は、命を落としかねない短所になってしまっている。
 彼女を守り、生き残る。願わくば、その純粋さを失わないままで。
 ――では、今はどうすればいい?

 ラーメンセットの妄想に、腹の虫が鳴る。
 それに反応してか、観鈴が、にははと笑った。
 頬を朱に染めながらも国崎往人は考える。
 ――生き残るために、最善の方法を。

「観鈴」
 沈黙を破ったのは、往人だった。
「なに、往人さん」
「ラーメンセット、ひとつ」
 心なし嬉しそうに話す観鈴に、往人はそう注文する。
「え……?」
 ぽかん、と口を開ける観鈴。
「しかも大盛りだ。早く頼む」
「うー……でも、材料も道具もここにない」
 観鈴は困ったように唸る。
「ならば出前だ。晴子、西来軒でも昇竜軒でも波動軒でもいいぞ。さっそく頼んでくれ」
「頼めるか、アホ」
 あっさりツッコミが返ってきた。
 両腕の傷が痛むだろうに、その辺のお約束はきちんと守ってくれている。芸人の鑑だ。
 往人は、やれやれとため息を吐きながら言った。
「ならば仕方ない。観鈴、晴子。食事に行くぞ」

『……え?』
 晴子、観鈴だけではない。その場にいた少年、郁未も声を上げた。
「どういうつもりだい?」
 少年が尋ねる。
「どうもこうも無い。腹が減ったから飯を食いに行くだけだ」
 その言葉の真意を理解したのか、少年はしばし考えてからこう言った。
「わかった。じゃあ、僕たちはここにいるよ。今は食欲があまり無いんだ」
 その言葉に、往人は少し眉を顰めたが、ぶっきらぼうに返した。
「そうか、すまないな」

 そのやりとりを見ていた晴子が、じゃ、決まったなとばかりに立ち上がる。
「観鈴、行こ。ウチの腕の怪我もどっかでちゃんと診ないとあかんし」
「う、うん。……じゃあ、また後で」
 観鈴は立ち上がると、ぺこりと頭を下げる。
「じゃ、居候。先にいっとるで」
「ああ、ラーメンセット、用意しておいてくれ」
 吐き気がするような白々しい台詞の応酬に、顔を歪めながら往人は言う。
 それでも、晴子と観鈴が一定の距離を取るまでは、少年たちからは目を離さなかった。

「そういうわけだ」
 往人は目の前の二人を見据えたまま、ゆっくりと立ち上がる。
「悪いが、俺たちは別行動を取らせてもらう」
「そうか、残念だよ」
 往人の言葉に、少年はわずかながらに微笑んで言った。
「下手な言い訳だったね。僕たちがついて行く、って言ったらどうしたの?」
 数瞬の沈黙。そして、往人はぶっきらぼうに返す。
「結果オーライだ」

 少年は立ち上がると、ゆっくりと往人の方へ歩み寄る。
 後ろの郁未は、ただその様子を見守るだけだ。
 往人も、こちらへ来る少年をじっと見つめたままで動かない。
 そして、少年は往人の前まで来ると、すっ……と右手を差し出し、こう言った。
「再開を願って。 ……待っているから」
 往人は冷ややかな目で少年を見る。
「握手ぐらい、いいだろ? 君は借りをつくったんだからさ」
 微笑んでいう少年に、往人はしばしその手を見つめる。
 やがて、自分も右手を差し出すと、その手を軽く握る。
「本音を言うと、もう会いたくない」
 握手をしたまま、往人は言った。
「もし再び会った時に、また死体が転がってたら」
 その言葉の続きを察しても、それでも少年は微笑んだままだ。
「――今後こそ、お前を殺さないといけなくなる」

 ――その瞬間。往人の視界に入ったものは。
 腹を押さえる少年。
 そして、鮮血の朱。

 『だから、もっと信じてみようよ、この人達も、他の人も』
 そうだったのかもしれないな。観鈴。
 ……もし、信じることで全てが上手く行くのなら、俺は信じ抜いてやるよ。
 例え、その格好がどんなに無様だったとしてもだ。

 ――だが、今はだめだ。
 何故かって?

 この肩に食い込んだ弾丸。この激痛に耐え、生き延びないといけないからな。

 これで、いい。

 少年が軽く吹き飛び、往人が肩を押さえうずくまる様子を、フランク長瀬は満足そうに眺めていた。
 先程まで構えていたスナイパー銃を辺りに放置し、傍に置いてあったリュックを拾い上げる。

 あの儀典とか言う、謎の反射兵器を腹に仕込んでいたか。

 フランクは、少年たちの居る場所からやや離れた茂みから、スナイパー銃から弾丸を一発放った。
 それは寸分違わず少年の腹部を襲い――がいん、という大きな音と共に兆弾する。
 ――次の瞬間、弾丸は往人の肩に喰らい付き、鮮血を飛び散らせた。


 これでも、いい。
 反射兵器を腹に仕込んでなければ、奴はそのまま悶え死んだだろう。
 そのときは、このスナイパー銃で五体全てを射抜き、
 苦痛にのた打ち回りながら死ぬ姿をゆっくり眺めるつもりだった。

 だが、この場合ならば。
 先程去った女たちが騒ぎを聞きつけて戻ったとき、女たちはどう思うだろうか?
 そして、肩を撃たれた男は?
 仲間割れでも、いい。――奴が傷つき、力尽きていく様が見れるのならば。

 ようは、最後の止めが刺せればいいのだ。
 奴に絶望と恐怖をプレゼントできれば――それで、いい。

 フランクは注意深く立ち上がると、リュックを背負う。
 その瞳には、朱が宿っていた。――復讐に燃える朱が。

【フランク長瀬 少年たちの元へ】
【スナイパー銃は目立つため放置。その代わり、リュックには別の武器が入っている】

【国崎往人 肩を負傷】
【少年 腹部に軽傷】

[←Before Page] [Next Page→]