青い鳥
「北川。おまえ、手が真っ赤じゃねえか」
「いまさらのようなツッコミありがとう。裕一君」
「いや、冗談じゃなくてな。悪い、気づかなかったんだよ」
「別にいいけどな」
「そんなカオすんなって。マジでどうしたんだよ。止血しているシャツが血だらけじゃねえか」
「ん? ちょっとぶつけちまってな。ひどく見えるかもしれんが傷口はそんなに大きくないぞ」
「そうか、それは良かった」
「……良いのか?」
「不幸中の幸いってやつだよ。もうちょっと小さなしあわせを噛みしめろよ」
「……裕一。青い鳥ってはなし、知っているか?」
「なんだ、急にマジなカオになって。幸せを呼ぶ青い鳥って童話だろ。探しに行ったら実は近くにいましたぁ、ってマヌケなはなしな」
「……そうだな、マヌケだな」
「だから、それがどうしたんだっての」
「そこ、いいかげんうるさい」
「「はい。結花お姉さま」」
「その呼び方やめなさい」
レミィは北川を捜した。
なにかに取り付かれたように、大声で北川の名前を叫びながら。
だが、必死に走り回っても北川を見つけることはできなかった。
突然、行方知らずになった思い人を捜す。
まるで、映画とかによくある紋切り型のはなしだ。
そして、無事に見つけだし、涙ながらに熱い抱擁で愛を確かめあう。そんな筋書きだ。
だが、これは現実。
ようやく見つけたときには、物言わぬ骸になっているかもしれない。
捜している途中で何者かに襲われ、志を半ばに死ぬかもしれない。
そう、彼女がいるのは現実。
狂った、非日常的な現実。
レミィは荒い息をつき、トボトボと山道を歩ていた。
その足に何かがぶつかる。
思わずバランスを崩す。そして、それは彼女のポケットからこぼれ落ちる。
パックに入ったもずく、だった。
レミィはそれを胸元に愛おしく抱きしめる。ほんの少し前には、普通に感じていた非日常の中の日常に。
レミィにとって北川は幸せを呼ぶ『青い鳥』だった。もっとも、逆もまた真なのかもしれないが。
それは、遠くに離れてからようやく気が付いた。
本当の幸せが、すぐ近くにあったということを。
今まで当たり前のように存在した、北川がレミィに与えた非日常の中の日常。一緒にもずくを食べたり、一緒に他愛のない話しをしたり。一緒に百貨店に潜り込んだり……。
それは多くの命が散っていったこの島に作られた虚構なのかもしれない。
その虚構が崩れ去ったとき、レミィは戻された非日常に恐怖した。
そしてレミィは求める。再び『青い鳥』が戻ってくることを……。
こぼれそうな涙をこらえ、レミィはふと、目に入った大きな倒木。そして、それに付いている、赤いもの。
血、であろうか。
それはその倒木を起点に地面に点々と付着している。
レミィはその跡を追っていった。
「あれ、無いや」
「どうした、北川」
「いや、腹減ったんで常備しているもずくを食おうと思ったんだが……。ポケットに入れたやつを落としちまったらしいんだ」
「そうかい。っていうか、おまえ、よく飽きないな」
「まあ、なんだ。今の俺はもずく依存症でな。もずくが無くなると手が震えるんだよ」
「また、そんな、くっだらねぇはなしを」
「いや、マジだって。もずくが無いとなんか現実感が希薄になっていく感じがして、なんか不安になるんだよ」
「ふーん、ああ、そうかい」
「幸せが逃げていく、ような気がしてな」
「なに、わけわかんないことを」
「うるさい。あんたたち」
「「はい。結花お姉さま」」
「だから、それやめなさいと何度言えば分かるの?」
先ほどから漫才を繰り返す二人を見ていると、見張りをしている自分が馬鹿らしい。そう結花は思っていた。
いくつかの死線をくぐり抜けてきた。身を守るためとはいえ、人も殺した。
そんなことはしたくはなかった。でも、自分が生き残るためには仕方がなかった。
自分は生きる。どんなことがあっても。そして、スフィーや芹香たちと普通な生活に戻る。そのためには安易に人を信じてはいけない。引き金をためらってはいけない。それが多くの人の死を乗りこえていった結花が学んできた。悲しいことだが、それが彼女にとっての現実であった。
(でも、あいつらを見ていると、そんなマジになってる私が本当に馬鹿みたいよね)
漫然とそんなことを思っていると、何者かが小屋の荒々しくドアを叩く音が聞こえた。
そして、
「Help! 来るの! あいつが来るの! 開けて! ここを開けて!!」
切羽詰まったような少女の声が小屋の中に響く。
「レミィだ!」
北川が思わず立ち上がる。
「レミィ? あなたと一緒にいると言った?」
「そうだ! レミィが俺を捜しにきたんだ! それで!」
そして、玄関に向かおうとするが結花に止められる。
「私が行くから、あなたたちはこの部屋にいなさい」
「でも!」
「忘れたの? あなたたちは捕虜なのよ。言うとおりにしなさい」
「……はい。結花、お姉さま」
結花にそう言われ北川は唇を噛みしめる。だが、ここで言い争っても仕方がないことを悟り、腰を落とした。
結花は玄関に向かった。だが、
「?」
先ほどまでうるさいほど叩かれていたドアの音が、不意に止んだ。
(まさか……。)
結花は急いで鍵を外し、片手で銃を構えながらノブに手をかけ、ドアを開ける。
刹那。
ドアが思いっきり引っ張られ、ノブを握っていた結花もつられて外に放り出される。
そして、
「樽の中の魚を撃つようなものネ」
そう言って結花の頭に釘打ち機を押し当てたのはレミィだった。