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どうか。


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はああああああ。
……赤くなってばかりいても仕方がないのである。
自分は青くなっていても話が進まない。いつも青くて問題がないのは空と海だけである。

「――ともかく、話を進めよう」
云う耕一に従い、彰と初音はちょこんと並んで座る。
「で、今まで話し合っていたのがだな、――皆真剣に聞いていたかは判らないけど」
じろりと見回す耕一の顔を直視している人間は誰もいない。蝉丸すらも悲しげな息を漏らしている。
「――脱出方法はどうあれ、俺達は『どのくらいの規模で』脱出出来るか、って事なんだ」
「規模――ああ」
つまり、どれだけの人数で脱出するか、と云う事なのだろう。
全員で脱出できるに越した事はないが、果たしてそれが可能かと云えば相当に難しいだろう。
自分たちの方はともかく、相手側が見知らぬ人間である自分たちをすんなり信じる事が出来るか。
相手がこちらの申し出をすんなり受け入れるであろうか?
まあ、それをやるのが多分、自分たちの使命であるのだが――。

そこで、彰は漸く思い出した。
ある、少年と少女。
初音の捜索を任せた、あの素敵な二人だ。

――突然立ち上がった彰を見て、わたしはやはり――不安を抱かずにはいられなかった。
血が安定していないのだろうか?
血を与えた事で、確かに彰の怪我は癒えた。
だが、――安定性は、崩れかかっているように、感じる。
「どうした? 彰」
怪訝な顔をして耕一も訊ねる。
答える彰の声は、どうしようもないほど、重く、聞こえた。
「忘れ物を、しました」
けして忘れてはいけないものを忘れた。
「だから、捜しに行きます」
そう、真剣な声で、云った。
いや、その目は、真剣と言うよりは、むしろ――

茫洋としている――
そんな、風に見えた。

そして、耕一が声を発する前に、彰はわたし達に背中を向け、部屋を飛び出した。
先程までは――自分一人で歩く事すら、困難なほどの傷だったというのに、
それなりの早さで、駆け出した。

「待って! 彰お兄ちゃんっ!」
事態を最初に呑み込んだわたしは、続けざまに飛び出した。
鬼の力が暴発したのかも知れない!
もし自分の所為で、彰のこころが壊れてしまったのなら、
――自分は、なんて事をしてしまったのだろう。
鬼の力があれば、あれくらいの傷など、大したことはない。

だが、血は――身体に潤いをもたらすのと同時に
――こころも、呑み込んでしまうかもしれない、のだ。

「七瀬くんっ! 初音ちゃんっ!」
「彰っ! 初音ちゃんっ!」
呼ぶ声を無視して、わたしは駆けた。

忘れ物とは何だ? 何があったのだ?
個人行動で、皆に迷惑を掛ける事を判っていながら、何故それでも、何も話さない?
何故わたしに、何も云ってくれない?
混乱する。
ともかく――今、自分が走らなければ、彰はまたいなくなってしまうのだと、
それは判ったから。
もう見えないところまで走っていってしまったかもしれない。
そうだとしたら、自分は永遠に大切なものに届かない事になるのだ。

だが、彰は意外にも、――家のすぐ外で、立ち止まっていた。
「ごめん――また、何も云わないで行って、君に心配を掛けるところだった」
そう云って、彰は微笑む。

茫洋としたその目は、あまりに恐ろしい。
そして、美しかった。
強い風と、穏やかな陽光の下で、その青年は、笑った。
それがあまりに儚げに見えたから、初音は思わず声を震わせる。
「彰、」
お兄ちゃん、と云おうとして――彰は、だが、自分を強く抱きしめ、自分の口を、閉じた。

「大丈夫。忘れ物を――本当に大切なものを忘れていたんだ」
「大切な、もの?」
「そう。――素敵な、二人の友達を。ここに連れてきたいと思うんだ。何処にいるかは大体判ってるから」

――すぐ戻る。心配しないで。

彰はそう、囁いた。
それが本当かどうかなどわたしには判らない。けれど、
けれど、わたしは、それ以上――追及出来なかった。

後から考えれば、もう少し――自分がしつこかったら良かった、と思う。

彰が多少なりおかしな言動をしている事には気付いていた。
せんまっさおって何だろうと、ずっと思っていたし。
なのに、何故、わたしは止めなかったのだろう。
自分の所為で彰がおかしくなっていたのなら、尚更だ。
なのに、どうして。
彰の声が、言動が、思ったより落ち着いていたから?
目の色は、あれ程におかしかったのに。
身体だって、完全に治ったかどうかだって、怪しいものなのに。
何故?

――わたしは。

「――すぐ、戻ってきてね」

そう、呟いてしまったのだろう。

判ってるよ、と、彰は呟く。
「無理もしちゃ、駄目、だよ、身体、まだ、治ってないんだから――」
わたしは、何で、こんな事を云うのだろう?
「判ってるよ、僕は君を守るためにいるんだから。必ず帰ってくるよ」
それ程危険な事なんてない。ない、筈だ。
だから、彰だって、それ程――危険という、わけじゃない。
すぐに帰ってくるなら、
そう、それに、言動だってそれほどおかしくない。落ち着いている。
怪我をしている身体とは思えないほど。
それに、わたしを置いて、遠くへ行ってしまうなんて云う事は、無い筈だ。
だから、彰はここで待っていてくれたのだから。
それに、わたしは、きっと彼を止める事が出来ない。

わたしは、なんて、馬鹿だったのだろうと。――そう、思う。

「それじゃあ、耕一や七瀬さんにもよろしく云っておいて」

すぐに戻るって。

そう云って――
彰は、永遠に、遠くに行ってしまったような。
そんな気がして。
彰は背を向け、走り去る。まるで怪我一つしていないかのような早さで。
わたしが追いつけないくらいの早さで。
二度と追いつけないような、予感。
わたしには、彰を呼び止める声をあげることも出来なくて。

結局、わたしは。
根拠無き喪失の予感で、涙を流す事しかできない、弱い娘で。

すぐに耕一達が駆けてくる。
「彰くんは――」
わたしは、涙を拭いて――答えた。
「すぐ帰ってくるから、心配するな、って」
「馬鹿っ! 彰くんは鬼の血で――」
苦虫を噛み潰したような顔で、耕一はわたしの肩を揺さぶる。
「ああ、くそっ! 何なんだよ、忘れ物って! 自分を危険に晒してまで必要なものなのかよ!」
そして、わたしはやっと自覚した。
大切な人を止められなかった、自分の、責任の重さを。

「だい、じょうぶ、」
だいじょうぶ、だよ、
今にもわたしの声は、壊れそうなくらい震えていて。
「そんな、不安になるような事、いわないでよ、耕一お兄ちゃん」

どうか、わたしの、不安が。杞憂でありますよう。

――耕一は大きく溜息を吐く。
初音ちゃんを責めるべきでないのは判っている。
彰にだって、ちゃんとした考えはあったのだろう。
耕一も、理性の上では、大丈夫だと判ってはいた。
今度は、初音に行き先を告げてもいる。だから、そんなに不安を抱くような事はないのだと思う。
だが――。
もし、鬼の血が荒れ狂ったとしたら?
目の色は確かに少しおかしかったが、それでも落ち着いていた印象はあった。
だが、何かの契機で、血が――暴れたとしたら?

まあ、杞憂に過ぎないかもしれない。
「すぐ帰って来いよ――」
自分だって千鶴さん達を捜したいのはやまやまなんだからな。
ったく、――彰の奴、意外に自分勝手なんだな。
耕一は苦笑した。苦笑できる余裕がある事が、まだ、幸いだった。

――個人活動は、皆に迷惑を掛ける事は判っている。
それに、ずっと初音の傍にいるべきなのだとは思う。
自分は初音の盾なのだから。
だが、きっと今は、それほど危険性はないはずだ。
もう、すべては終わりに近付いてきている。
耕一も蝉丸さんも晴香さんも、それに留美さんもいる。
きっと、あそこは何処より安全ではないか、と思う。
それに、自分もすぐ帰ってくるつもりなのは本当だ。
祐介と天野美汐の位置が明瞭と判るわけではないが、まあ、だからそれ程迷惑を掛ける事はあるまい。

あの二人となんとか合流しなければならない。
傷を舐め合って、互いに、優しく微笑みかける事が出来た、あの素敵な二人と。
管理者は殆ど打倒した。それを伝えなければならない。
初音を捜していてくれているかも知れない。
初音とは既に合流しているから、それも伝えねば。
出来るだけ多くの人数で日常に戻れるならば、それに越した事はない。
彼らが新たな日常を見つけるための手助けでも出来たら。
彰は走り出す。

たぶん、今までの人生の中で、一番身体が軽い。


【七瀬彰 美汐と祐介の捜索に駆け出す。放送前で、放送がどれくらい後に流れるか、それは以後の書き手にお任せ。
      作戦会議があんまり、まるで、進んでいないように見えるのは、多分気のせいです。たぶん。きっと……】

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